2017年01月07日

世の中の流れに流されずに自分流のスタイルを貫く


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『英語教師のNGワード』(研究社、2011年、p.45)より備忘のため書き留めておきます。


自分のスタイルを変えようとしない教師でも、もし生徒の信頼が厚く、教師の真剣勝負でやっている人ならば、(中略)教師としては一流ということになる。ここで大事なことは(中略)変に世の中の流れに流されずに自分流のスタイルを貫くというのも1つの手ではあるということなのである。そのためには、まずは自分の持ち味をきちんと出せて、背伸びをしない指導法を何とか試行錯誤を繰り返しながらも、自分で編み出すことである。

そして、それは自分なりの「指導スタイル」を作り上げるということでもある。しかし、これはことばで言うほど簡単な仕事ではない。うっかりすると単なる独りよがりの身勝手な「教授法」となるおそれがある。応用言語学をはじめとして数多くの実証研究などは、実は(中略)身勝手なものにならないための「歯止め」として使われるべきものである。



関連して、「英語史と英語教育の両分野を専門とされる希有の存在」(寺澤盾『英単語の世界』(中公新書、2016年、p.171))とされる古田直肇氏の「第二言語習得の示唆する英語史の教育的価値」(『これからの英語教育 − 英語史研究との対話 −』(大阪図書、2016年、P.49)所収より引いておきます。


第二言語習得研究というのは、当たり前のことを当たり前のことだと証明する学問である。いわば常識(common sense)の裏書なのである。外国語学習に関して良識的に内省し思索すれば得られるであろう洞察を改めて実証するのが第二言語習得研究の役割といえる。


posted by 石崎 陽一 at 18:29 | Comment(0) | 教師論・学習指導・進路指導 | 更新情報をチェックする

川崎病と闘う日々



「日本の循環器診療に大きな足跡を残した先人達に、その研究と経緯をお伺いすることで、循環器病の歴史を探る対談シリーズ」が日本心臓財団のウェブサイトに連載されています。

題して「Meet the History」。

ユーモアを交えながら、当時の苦労や人とのめぐり合わせなど、他では聞けない多くのエピソードを盛り込まれています。

このインタビュー企画より以下の記事にリンクを貼らせていただきます。


川崎病と闘う日々


posted by 石崎 陽一 at 16:22 | Comment(0) | 今日知ったこと、得たこと | 更新情報をチェックする

2017年01月01日

年賀のご挨拶


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昨年も拙ブログをご愛顧いただきありがとうございました

公私ともに年中無休

変わらず元気に愚直にやって参ります


本年も何卒よろしくお願い申し上げます




平成二十九年 元旦


posted by 石崎 陽一 at 16:02 | Comment(0) | 近況報告・雑感 | 更新情報をチェックする

2016年12月31日

年末のご挨拶


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本年も残りわずかですね。

ブログ更新は本日で最後となります。


やはり教員のほうこそ怖れないで
前進しなければいけませんね。本当にそう思います。
難関などありません。あるのは恐れだけですけれども、
だけど失敗してもリトライできるのですから、
まずはトライする姿勢ではないかと思っております。



数年前にいただいた木村達哉先生からのことばを噛みしめながら引き続き精進していきたいと思います。

ブログをお読みの皆さま、今年も1年、ありがとうございました。

よいお年をお迎えください。


来年もよろしくお願いいたします。


posted by 石崎 陽一 at 18:32 | Comment(0) | 近況報告・雑感 | 更新情報をチェックする

2016年12月10日

英文法の魅力と魔力 − 学習・指導における英文法の威力


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本日、『英語教育』(2017年1月号)の見本誌が手元に届きました。

編集部より依頼を受け、本号では見開き1ページの紙面を頂戴し、標題の記事を執筆しています。

発行数50,000部の伝統ある専門誌に寄稿させていただくことになりまして、

たいへん光栄に思いますとともに、

こうした貴重な機会を与えてくださったことを有り難く感じています。


−−−−−−


東京都の進学指導重点校に勤めて10年を過ぎました。

この間、生徒から寄せられた疑問は多数に上り、多岐にわたりますが、そうした質問に対して、自分で解決できない場合には、国内外の文献にあたり、同僚や専門家に尋ね、ごまかさず、誠実に答えることを心がけてきました。

私はそうしたやりとりをその都度Q&A形式でノートに記録しておりまして、本稿ではそうした中から質疑応答をいくつかご紹介しています。


−−−−−−


先程来、この、拙稿の掲載号を眺めながら、

私の知識や経験が少しでも多くの先生方のお役に立ち、

その先にいる生徒たちの学習に寄与してくれることを夢想しておりました。

読者の方々にどれほど参考になるか不安ではありますが、精一杯書かせていただきました。

よろしければお手にとってご笑覧いただければ幸いです。


12月14日発売予定です。


よろしくお願いいたします。


(追記)

日本の英語学習者のために私ができることを探して、今後とも、精進してまいります。

他の先生方の記事もこれからじっくり拝読、多くを学ばせていただきたく思います。


posted by 石崎 陽一 at 16:46 | Comment(0) | 近況報告・雑感 | 更新情報をチェックする

2016年11月29日

教授法は教師の数だけ存在する。


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中村捷『名著に学ぶ これからの英語教育と教授法』(開拓社、2016年、p.268)より備忘のため書き留めておきます。


教授法には一つの魔法の杖のようなものがあるのではない。教授法は教師の数だけ存在する。教師は、経験の少ない初期には、様々な文献から情報を得て、それを実践し、改良しながら進んでいくことになるが、一定の経験を積んだ後では、自分自身の教授法を持つべきである。その教授法は固定的ではなく柔軟であるべきであって、各自が、その後の研究研鑽によって改善修正しながら、独自の個性的な教授法へと発展させていくべきである。そしてその教授法を絶えず点検改善することによって、さらに進化させるように努めなければならない。これが教師としての責務であると考える。


posted by 石崎 陽一 at 19:40 | Comment(0) | 教師論・学習指導・進路指導 | 更新情報をチェックする

文法規則を動的に使用できるように習熟させる


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中村捷『名著に学ぶ これからの英語教育と教授法』(開拓社、2016年、p.268)より備忘のため書き留めておきます。


文法は語学教育の根幹である。文法なくしては、言語学習は不可能である。しかしながら、これまでの文法教育には不必要な情報を教え込むような明らかな問題点もあって(中略)不定詞の用法の区別など英語の運用にまったく無関係な事項に重点を置く面があったことは否めない。一方、(中略)受動文の使用文脈などの問題は、実際の英語の運用において重要な役割を果たす情報である。文法指導では、このような情報を中心にして、生徒に文法規則を動的に使用できるように習熟させる具体的教授法が求められる。


posted by 石崎 陽一 at 19:37 | Comment(0) | 文法の学習・指導 | 更新情報をチェックする

文法訳読法は語学教育には不可欠である。


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中村捷『名著に学ぶ これからの英語教育と教授法』(開拓社、2016年、p.268)より備忘のため書き留めておきます。


文法訳読法は語学教育には不可欠である。従来の問題点は、英語教育においてこれ以外の訓練を十分にしなかったところにあるのであって、文法訳読法に語学教育上の欠陥があるのでは決してない。これまで様々なアプローチとかメソッドと呼ばれる方法が試されているが、それが実績をあげたということは聞いたことがない。語学の学習は単一の方法ですべてを律することができるほど単純な活動ではなく、語学学習は多面的であって、学習活動の内容にしたがって、それに適した方法が存在すると考えなければならない。


posted by 石崎 陽一 at 19:32 | Comment(0) | 教師論・学習指導・進路指導 | 更新情報をチェックする

2016年11月27日

common noun における common の意味について


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中山 仁『ことばの基礎1 名詞と代名詞』(研究社、2016年、p.9)は OED 第2版に基づき


common noun の common は「普通の」ではなく、むしろ「種に共通の」の意味で使われている


と指摘し、

common noun とは「固有名詞でない名詞」であり、


「固有名詞でない」とは、一般に「同類のものが複数ある」ということなので、言いかえれば(中略)「同類とされるものの個々の成員(メンバー)に、共通に付けられた名前」を表す


と説明しています。


posted by 石崎 陽一 at 14:15 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

なぜ「甘い(a my)はいけない」か? − 決定詞[限定詞](determiner)という用語を導入するわけ


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中山 仁『ことばの基礎1 名詞と代名詞』(研究社、2016年)は


決定詞[限定詞](determiner)とは、具体的には a(n), the, my, some, this, each, both など、名詞の前に付いて名詞句を構成する要素の1つである。「決定」とは「名詞の指示の関係を決定すること」を意味する。例えば定冠詞 the は「特定のものを指すこと」、不定冠詞 a(n) は「特定のものを指していないこと」を表す。名詞・代名詞の所有格もしばしば特定のものを指す決定詞として用いられる。8品詞で言えば、a(n), theは冠詞、some, this, each, both などは形容詞、my, your などは代名詞ということになるが、決定詞とは指示という機能の観点からこれらの品詞をひとまとめにしたものである。(p.149)


と説明し、「甘い(a my)はいけない」理由を


統語上、決定詞の位置に入る要素は1つのみ(1つの名詞に付くことのできる決定詞は1つ)なので、所有格とそれ以外の決定詞を並べて用いることはできない。(p.151)


と説いて明快です。


(追記)

「甘い(a my)はいけない」という指導言は私が高校生のときに教わった武内昭二先生より授かったものです。

なお、決定詞という用語をはじめて私が耳にしたのは、高校卒業後まもないくらいの頃だったと記憶しています。


posted by 石崎 陽一 at 14:03 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする
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