2017年07月22日

文末に置かれた分詞構文


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文末に置かれた分詞構文は、カンマ手前の節の内容の具体化、説明または理由の補足をしている

ととらえることができます。


Worker bees are neuter, being neither male nor female.(働き蜂は中性で、雄でも雌でもない)

Mary remained silent, not knowing what to do.(メアリーが黙っていたのは、どうしてよいかわからなかったからだ)

Kenji is working in Hollywood, hoping to get a chance in the movies.(健二がハリウッドで働いているのは、映画界でチャンスをつかみたいと思っているからだ)

The man died at thirty, struck down by a rare disease.(その方が亡くなったのは、珍しい病気に冒されたためだ)

Fred arrived late, having been delayed by a chapter of accidents.(フレッドが遅刻したのは、事故続きで遅くなったからだ)


posted by 石崎 陽一 at 10:17 | Comment(0) | 読解の学習・指導 | 更新情報をチェックする

2017年07月17日

日本語の「気づく」にあたる英語の動詞 realize, notice, recognize の使い分け


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次の日本語を(a)〜(c)のように英訳するとき、

「気づく」にあたる動詞 realize, notice, recognize をどのように使い分ければよいでしょうか?

外国に行ってはじめて日本の伝統文化の素晴らしさに気づく場合が多い。

(a) It is often not until you go abroad that you realize the greatness of traditional Japanese culture.

(b) It is often not until you go abroad that you notice the greatness of traditional Japanese culture.

(c) It is often not until you go abroad that you recognize the greatness of traditional Japanese culture.


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posted by 石崎 陽一 at 21:56 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

2017年05月07日

渡部昇一先生 ご葬儀ミサご報告



渡部昇一先生が2017年4月17日に御帰天されました。


謹んで御冥福をお祈りいたします。




4月19日には東京都千代田区麹町の聖イグナチオ教会 聖マリア聖堂にて葬儀・告別式が密葬で営まれました。

幸い、教会の隣町に勤務校があるため、時間休をいただき、私は参列することができました。


詳細につきましては、上智大学文学部英文学科同窓会のホームページに報告記事が掲載されています。


渡部昇一先生 ご葬儀ミサご報告


(追記1)

5月30日には東京都千代田区麹町の聖イグナチオ教会 主聖堂にてお別れの会を兼ねた追悼ミサが執り行われました。

また、6月10日には上智大学文学部英文学科同窓会の主催により上智大学13号館3階会議室にて追悼集会が開催されました。


(追記2)

英語学者としての渡部昇一先生のご略歴


1930年 山形県鶴岡市に生まれる。

1953年 上智大学文学部英文科卒業。

1955年 上智大学大学院西洋文化研究科修士課程修了。

同年 上智大学大学院西洋文化研究科助手任命。

同年 ドイツ・ミュンスター大学留学。

1958年 英語圏で最初の英文法史をミュンスターの Max Kramer 書店からドイツ語で出版。

英国における初期英文法の発生に関するこのご研究に対し、国際的な評価を受ける。

同年 同大学より「大いなる称賛をもって」Dr. Phil.(哲学博士)を受ける。

同年 英国オックスフォード大学留学。

1960年 上智大学文学部英文科講師就任。

1964年 上智大学文学部英文科助教授就任。

1968年 フルブライト招聘教授としてアメリカ各地の大学(New Jersey, North Carolina, Missouri, Michigan 各州の6大学)において半学期ずつ1年間、比較文明論を講義する。

1971年 上智大学文学部英文科教授就任。

1994年 ミュンスター大学より「卓越せる学問的貢献の故に」Dr. phil.h.c.(名誉哲学博士)を受ける。

歴史ある同大学が欧米以外の学者に名誉哲学博士号を出したのは創立以来これが初めてのことである。

1997年 上智大学文学部英文科特遇教授就任。

2001年 定年退職とともに上智大学名誉教授就任。


posted by 石崎 陽一 at 11:57 | Comment(0) | 近況報告・雑感 | 更新情報をチェックする

新しきは古きを排除するのではなく選択肢を増やす


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掲題は堀田隆一先生によるブログ記事のタイトルから採らせていただきました。


とかく二項対立的な図式に陥りがちな英語教育界にも活かしたい視点だと感じた次第です。


大切なのは、二項対立の両項は水と油のように相いれないものであるかのように考えるのではなく、

むしろ、両項の間の調和を保つことではないでしょうか。


というのも、古いものと新しいものというのは、暦が変わるようにいっぺんに変わるのではなくて、

共存するものであり、目的によってそれぞれ役に立つ点があると思うからです。


posted by 石崎 陽一 at 09:51 | Comment(0) | 教師論・学習指導・進路指導 | 更新情報をチェックする

2017年04月23日

井戸の深さが自信を生む


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渡部昇一『発想法 リソースフル人間のすすめ』(講談社現代新書、1981年)第5章「井戸の深さが自信を生む」より備忘のため書き留めておきます。


学者は一つでもいいから深い井戸を持てばよい。しかしそういう学者の中でも、学問の深さとともに、学識の豊かさで際立っている人がいる。(p.142)

英文学における福原麟太郎、漢文学における吉川幸次郎、内藤湖南といった人の場合は、深さとともに豊かさで際立っている例である。(中略)この人たちの発想の豊かさは、やはり、持っている井戸の数と関係があるように思われる。(p.142)

発想の泉から次から次へとアイデアを湧出させる場合には、最初の泉が、“自信” という水脈に達するまでの深さを持たなければならない。特に学者の場合は、専門については厳しい批判をしようと待ち受けている人がいっぱい居ることを予想しないわけにはいかないのだから、“自信” を持つところまで究めたものがないと、けっしてアイデアは滾々と湧いてくることなどはないのである。(p.145)

二人とも三十代にアカデミズムの文学研究のもっとも基礎的で堅固な部分において、世界的に通用する仕事をして、その後は、その “自信” によってのみ湧き出すことができるアイデアの泉をもととし、次から次へと自信のある分野を広げていった学者であり、両者に共通なのは発想の “豊かさ” である。(p.153)

吉川博士にしろ福原博士にしろ、外国文学者であるが、日本のことについても発言できるだけの発想の “井戸” をもっていたということは、見のがすことができない点である。(p.154)

豊饒な学者の代表として、漢文学の吉川幸次郎と、英文学の福原麟太郎という、東西の代表的文化圏の学者を一人ずつとりあげてみた。(p.158)

いずれも膨大な研究の積み重ねのある分野である。普通の場合は、その中の一局面に自らのエネルギーを限定して、狭く狭くと攻めて行くのが現代のアカデミズムの常道であり、常識である。そうでもしなければ、研究仲間に嗤われないような仕事はできないとみんなが考えている。(p.158)


posted by 石崎 陽一 at 18:33 | Comment(0) | 印象に残ったこと | 更新情報をチェックする

2017年04月22日

less and fewer


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I've got less problems than I used to have.


という用例を挙げ、Michael Swan, Practical English Usage(OUP, 2016, p.169)は


In an informal style, less is quite common before plural nouns.


と認めた上で、


Some people consider this incorrect.


と注記しており親切です。


実際、私も


Which expression should we teach to students, fewer books or less books? (of course, on a prescriptive basis, the latter is not grammatically correct; on the other hand, nowadays, "less books" types of expression can often be found on various media.)


という質問をした際、インフォーマントの一人から


You should never teach “less books.” Besides being increasingly common, the ignorant use of “less” rather than “fewer” with respect to number is also laughed at and generally derided. In terms of the level of stupidity it suggests, it’s roughly equivalent to saying “I literally died laughing” rather than saying, hyperbolically, “I nearly died laughing.”


という助言を提供されたことがあります。


posted by 石崎 陽一 at 11:23 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

2017年04月21日

関係代名詞 that の非制限用法


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関係代名詞 that の非制限用法について、Quirk et al., A Comprehensive Grammar of the English Language(Longman, 1985, p.1259)より備忘のため書き留めておきます。


A nonrestrictive interpretation is occasionally introduced by that when a premodifier or determiner would make a restrictive clause absurd, but when which, on the other hand, might imply too parenthetic a relation:

I looked at Mary's sad face, that I had once so passionately loved.[6]

In [6] we seem to have an elliptical form of an appositive expression:

I looked at Mary's sad face, a face that I had once so passionately loved.[6a]

Here the appositive a face justifies the restrictive clause that follows.

Usually the use of nonrestrictive that shows that a writer has muddled what he has wanted to set down, as in the following example from a serious article:

One of the most important recent developments in neutral hydrogen studies of our Galaxy has been the discovery of high velocities in the centre and in regions away from the plane, that I have mentioned.

Despite the comma − and the corresponding prosodic separation if this is read aloud (a separation that is essential if plane were not to be thought the antecedent head) − it seems likely that the writer originally wanted the relative clause to be restrictive, as it could readily have been if placed earlier:

... has been the discovery that I have mentioned of high velocities ...

However, this position of the relative clause violates the rule that prepositional phrases precede relative clauses as postmodifiers, producing a rhetorically unacceptable sentence.



posted by 石崎 陽一 at 09:26 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

2017年03月29日

made of と made from の意味的分化の萠芽


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たとえば

This table is made of oak.

の of と

Wine is made from grapes.

の from とは対照的に考えられていますが、


大塚高信『英文法ノート』(泰文堂、1948年)は


of は off の weak form であり、off は分離の意味を示す語であるから、of もその意味を有つて居る。卽ち、現代英語だと 'from' に相當するのである(pp.58-9)

of の原義が 'from' であるのであるから、これら二つに意味の相違が出來たのは習慣上のことである(p.59)


と喝破し、John Milton(1608-74)のものしたラテン文典(1669年出版)に

made of と made from の意味的分化の萠芽

が認められると指摘しています。


posted by 石崎 陽一 at 19:47 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

2017年03月26日

イギリス英語における、直説法による仮定法現在の代用


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(a)I insisted that he change his clothes.

(b)I insisted that he changed his clothes.


この2つの例文を挙げ、Quirk et al., A Comprehensive Grammar of the English Language(Longman, 1985, p.1015)は


insist を request の意味で用いる場合は後続の that 節内では仮定法現在を、

insist を assert の意味で用いる場合は直説法を用いる



と説明しています。

((b)は事実を主張するのですから、直説法を用いるのはごく自然です。)


ところが、その上で、次のような但し書きを付しているのが注目に値します。

曰く、如上の説明から


that 節内で仮定法現在の使われている(a)において insist が request の意で用いられているのは明らかだけれども、

that 節内で直説法の使われている(b)においてもまた、insist が request の意で用いられている可能性が半分はある



というのです。



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このように、『上掲書』(p.1182)は

insist に限らず、suggest, propose, recommend などの説得動詞(suasive verbs)に後続する that 節内で直説法の動詞が用いられる場合

を認め、

それは主にイギリス英語に限られる

と述べています。

つまり、冒頭に掲げた


(b)I insisted that he changed his clothes.


という、後続する that 節内に直説法を用いた文においても insist が request の意となり得るのは、

特にイギリス英語においてのことである

ということなのですね。

実際、Geoffrey Leech, Marianne Hundt, Christian Mair, and Nicholas Smith, Change in Contemporary English: A Grammatical Study(CUP, 2009)は


the indicative after suasive expressions is indeed a syntactic Briticism(p.57)


であり、


In spoken English, the indicative is used much more frequently than the subjunctive, whereas in written BrE, it is the least frequent alternative.(p.56)


であると指摘しています。(下線部は現筆者による。)


したがって、

説得動詞(suasive verbs)に後続する that 節には直説法の動詞は使用されない

かの如く述べることは控えたほうがよいと思われます。



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(追記1)

R.A. Close, A Reference Grammar for Students of English(Longman, 1975, p.47)は imagined action in the future を表す動詞として propose と recommend を取り上げて


(a)We propose[recommend]that Mr X should go.

(b)We propose[recommend]that Mr X goes.

(c)We propose[recommend]that Mr X go.


(a)We propose[recommend]that Mr X should be dismissed.

(b)We propose[recommend]that Mr X is dismissed.

(c)We propose[recommend]that Mr X be dismissed.


という3対の例文を挙げ、(a)は formal, (b)は informal, (c)は formal and typical of official style だと考えられると記しています。

綿貫陽・マーク・F・ピーターセン『表現のための実践ロイヤル英文法』(旺文社、2006年、p.204)は

(b)に相当する言い方について、「くだけた言い方」以外、とりわけ「書くときは避けたほうが無難」と指南しています。


(追記2)

B.D. Graver, Advanced English Practice(OUP, 1986)の第3版は

should in noun clauses after suggest, recommend, etc.

という項目を立て

Should is often used in a 'that' clause, after the verbs like suggest, recommend, require, decide, etc.

Should is sometimes omitted in such sentences, leaving only the infinitive without to.

The verb form is then sometimes 'regularized' to give the 'normal' sequence of tenses.

と指摘しています。

特に、上の2つ目の点において、「should が省略されて動詞の原形が残ることがある」という言い方がなされているのに目を引かれました。


(追記3)

(a)We insist that Marsha tell the truth.

(b)We insist that Marsha tells the truth.

(c)We insist that Marsha must tell the truth.

Lynn M. Berk, English Syntax(OUP, 1999, pp.149-50)は上の3つの文を挙げ、

(b)も(c)も伝える意味は(a)と変わらないが、この2つは subjunctive utterances ではなく、directives(指示)である

旨のコメントをしています。

なお、小西友七 編『現代英語語法辞典』(三省堂、2006年、p.636)には insisted に後続する that 節において must が用いられた例とともに「命令的な意味を表す will」が時制の一致を起こした例を挙げています。


(追記4)

Huddleston and G.K.Pullum, The Cambridge Grammar of the English Language(CUP, 2002, p.996)は

ambiguity between mandative and non-mandative clauses

という項目を立てています。


(追記5)

『詳説レクシスプラネットボード』(旺文社、2004年、pp.144-5)に興味深い統計データと分析が掲載されています。


(追記6)

Geoffrey Leech, Marianne Hundt, Christian Mair, and Nicholas Smith, Change in Contemporary English: A Grammatical Study(CUP, 2009, pp.51-70)で詳述されています。

ちなみに、本記事のタイトルは同書(p.54)の

Another variant, namely the indicative (e.g. I recommend that she uses fewer passives), is really only an alternative in BrE.

という記述から採りました。


(追記7)

千葉修司『英語の仮定法 − 仮定法現在を中心に −』(開拓社、2013、pp.19-20, 224-8)にも詳述があります。


(追記8)

「説得動詞(suasive verbs)に後続する that 節には直説法の動詞は使用されない」との誤解を招きやすい記述を有する書籍には、たとえば、友繁義典『英語の意味を極めるU − 動詞・前置詞編 −』(開拓社、2016年、pp.24-5)があります。


(追記9)

小西友七 編『現代英語語法辞典』(三省堂、2006年、p.636)は

(a)I insisted that he should stay in bed.

(b)I insisted that he stay in bed.

(c)I insisted that he stays in bed.

(d)I insisted that he stayed in bed.

という4例を挙げ、(a)の should stay は英米ともに堅い表現、(b)の stay は英米ともにくだけた表現、(c)の stay は英国のくだけた表現であり、(d)は過去のアリバイを主張していると説明しています。


(追記10)

Bergen Evans and Cornelia Evans, A Dictionary of Contemporary American Usage(Random House, 1957, p.484)より引いておきます。

In the United States the present subjunctive is almost always used here, as in I suggested he take it with him, we insisted that she get to work on time, it is imperative that he know the truth. In Great Britain this use of the present subjunctive is considered "pedantic." Englishmen prefer to use the auxiliary should as in I suggested he should take it with him. In the United States the simple subjunctive is the form used most often in natural speech. The construction with should appears too, but is felt to be "bookish" or "British."


(追記11)

稲田俊明『〈新英文法選書3〉補文の構造』(大修館書店、1993年、p.147)より引いておきます。

アメリカ英語で義務の仮定法が使われるところで、イギリス英語では直説法が使われる傾向がある(ただし be 動詞はイギリス英語でも直説法は避けられる)。

なお、「義務の仮定法」とは mandative subjunctive の同書における訳です。

ちなみに、柏野健次 編著『英語語法レファレンス』(三省堂、2010年、p.283)は「命令を表す仮定法」としています。


posted by 石崎 陽一 at 12:10 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

いまは廃用となった say の不定詞付き対格(accusative with infinitive)の用法


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安藤貞雄『現代英文法講義』(開拓社、2005年、p.358)は


John is said to be a millionaire.


という英文は


* People say John to be a millionaire.


という「現在ではすたれている」構文に対応する受動文であると指摘し

Christopher Marlowe(1564-1593)が手がけたローマ詩人 Ovid の Amores の翻訳より


This thou wilt say to be a worthy ground.
(これこそは立派な分野だ、あなたは言うだろう)



という例を挙げ、

これはラテン語法(Latinism)でいまは廃用であるとする OED 第二版のコメントを付しています。


posted by 石崎 陽一 at 10:41 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする
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