2017年03月18日

視覚は精神活動に直結する?


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話の内容が理解できないとき、日本語では「話が見えない」と言いますね。

英語には I see. という言い方があります。

いずれも「見る」即ち「わかる」ということであり、視覚が精神活動に直結している例と言えそうです。

興味深いと思いました。


posted by 石崎 陽一 at 16:05 | Comment(0) | 興味をもったこと | 更新情報をチェックする

2016年08月15日

『英文法汎論』のゆくえ


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最上雄文「『英文法汎論』のゆくえ」(『青山學院女子短期大學紀要』(第26巻、1972年)所収)は

細江逸記(1884-1947)による

(1)『英文法汎論』(続訂五版;泰文堂、1927年)
(2)『精説英文法汎論 第一巻』(泰文堂、1940年)
(3)『英文法汎論』(改訂版;泰文堂、1956年)
(4)『英文法汎論』(新改訂版;篠崎書林、1971年)

の四著のうち、「緒論」や(文法)用語の観点から、主として前記三著の比較・対照を試みています。


(追記1)

なお、最上雄文(もがみ たけぶみ)氏は『日本大学英文学会通信』(第91号、2009年、p.11)に金沢大学名誉教授として寄稿した「私的回顧」のなかで、次のような事情を伝えています。

細江『精説英文法汎論』は詳細な syntax の書ですが第一巻しか出ません。original『英文法汎論』に照らして見れば完結には少くとも 5, 6 巻の続巻を要したでしょう。 著者御遺族に続巻の執筆権をお願いしました所、OK の約束を頂きました。篠崎書林店主にも話しました。約束は行使されぬままです。


(追記2)

『英語学人名辞典』(研究社、1995年、pp.147-8)によれば、細江逸記氏(1884-1947)は

OE から現代英語に至る実証的研究に長じ、大正・昭和年間わが英語学界の指導的学者の一人

であり、

『英文法汎論』は

随所に歴史的説明を加えた明晰な叙述で貫かれ、わが国での英語伝統文法の統語法の古典

にして

わが国最初の体系的な英文法書

です。

また、宇賀治正朋編『文法T』(英語学文献解題第4巻、研究社、2010年、p.154)では、『英文法汎論』は

比較言語学および英語史に関する該博な知識に裏打ちされた科学文法

であり、

単に文法規則の列記に止まらず、豊富な言語事実によって例証し、英語の慣用にも充分な目配りを怠らない

と評価されています。

なお、細江氏に関しては、『上掲書』のほか、喜安璡太郎『湖畔通信・鵠沼通信』(研究社、1972年、pp.37-9, 46)に詳報があります。

ちなみに、『湖畔通信・鵠沼通信』に関して、渡部昇一先生は谷沢永一先生との対談集『読書有朋』(大修館書店、1981年、p.237)のなかで次のように語っておられます。

とにかく何でもかんでも書いてくれるわけですよ。ある人の解説やら、思い出やら、それから、死んだという話を聞くと、こういう人だったとか、逸話だとかですね。(中略)索引が付いているもんですから、百科事典だとか、人名事典に出ていない英語学者、英語の先生を捜すのに、とっても便利なんです。それから、有名な人でも、知られざる面なんかね。


(追記3)

『英文法汎論』(続訂五版;泰文堂、1927年)についてはこちらに書籍画像が収録されています。

なお、この画像を収録している岡島昭浩氏(大阪大学大学院文学研究科 国文学・東洋文学講座 教授)のウェブサイトには、

動詞叙法の研究』(泰文堂、1933年)

および

我が國語の動詞の相(Voice)を論じ、動詞の活用形式の分岐するに至りし原理の一端に及ぶ」(市河三喜(編)『岡倉先生記念論文集』(岡倉先生還暦祝賀会、1928年)所収)

の書籍画像も収められています。


(追記4)

関連記事はこちら。

細江逸記『英文法汎論』の源流


(追記5)

『精説英文法汎論 第一巻』は『英文法汎論』の第六章までをさらに精察講説した増補改訂版で、引例文には訳文が添えられています。続刊が未完に終わっているのが惜しまれます。


posted by 石崎 陽一 at 07:13 | Comment(0) | 興味をもったこと | 更新情報をチェックする

2015年12月28日

女性向きの数学雑誌が18世紀英国で流行していた


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雑誌『アステイオン』vol.082(CCCメディアハウス、2015年、pp.124-37)所収、

三浦伸夫「楽しみとしての科学 − 18世紀英国の女性と数学」が面白い(interesting and instructive)です。

こちらから冒頭の一節を読むことができます。


posted by 石崎 陽一 at 16:52 | Comment(0) | 興味をもったこと | 更新情報をチェックする

2013年08月17日

事実と現実




次の映像は

2003年3月、エンゼル財団の主催により開かれた

「日本人の心の源郷『日本語(やまとことば)』 〜本居宣長・折口信夫・小林秀雄を辿って〜」

と題するフォーラムの模様の一部を伝えるものです。

松田義幸先生のコーディネートのもと、

岡野弘彦先生、渡部昇一先生のおふたりが対話をされておられます。

なかでも、渡部先生が事実と現実についてお話になられている件(7分15秒以降)を興味深く拝聴しました。

私の学生時代のご講義を彷彿させる語り口とご様子と知的刺激を、懐かしく感じた次第でもあります。






posted by 石崎 陽一 at 13:26 | Comment(0) | 興味をもったこと | 更新情報をチェックする

2013年08月03日

要約の技法


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浜田文雄『文章理解の方法』(慶應義塾出版会、1996年)より備忘のため書き留めておきます。


要約というといかにも大層なことをするようだが、たとえば、それを「AはBである」というような短い文に置き換えることができればよい。そうゆう風にまとめることができない部分は切り捨てる。これは一つのゲームのようなものである。文章全体をこのようにして分断して要約した各部分を命題と呼ぶことにする。(中略)このような命題は状況や事実の要約・ある考えの表現・理屈や含意などをコンパクトに表すはずである。(後略)


このようにして作られた各部分の要約つまり命題がそろったら、後はほとんど機械的に、それらをつなげることによって、全体の要約をすることができる。(pp.3-4)


組み上げの作業は、一挙にやるのではなく、互いに因果関係のはっきりした2つの命題を見つけ出して、ペアを作ることからはじめるとよい。(p.38)


最終結論は(中略)その本のどこかに必ず存在する。(中略)普通の本で最終結論を見つけだせないか、複数の結論が示されたまま整理されていない場合には、その本は、完成していないか欠陥のある本である。(後略)

最終結論はたった一行で書くこともできるし、もう少し詳しく数行で書くこともできる。さらに詳しく要約することもできる。要約にはさまざまのレベルがあるから、どの程度に要約するかは、ほとんど技術的な問題である。
(pp.7-8)


一冊の本の中でも(中略)肉付けの部分を賞味することは後回しにする方がよい。読者はまず一冊の本の骨格を自身の手で明らかにした後に、肉付けの部分をゆっくり楽しめばよい。

問題は、文の骨つまり要約された中間命題とこの肉付けの部分をいかに区別できるかである。然し、その心配は無用である。区別ができない場合には、その部分をとりあえず中間命題として残しておけばよい。そうすれば、命題をつなげる段階で、それらははじき出されてしまうだろう。
(pp.11-2)


いかなる命題も、その真・偽が確かめられるものでなければならない。(p.13)


ほとんどの真偽は、議論の多いものとならざるを得ない。(p.15)


ある論文から、そこに含まれる定義および命題を抽出するためには、前置き・解説・例示・反証などのように論文の主張を細くする部分をまず削り落とすことである。これらは文章を豊かにするための肉の部分に相当する。そうすれば、削り落とせなかった部分として、文章の骨格を構成する骨となる定義や命題が見えてくる。(中略)定義や命題の抽出においては、単純化こそが重要であるから、たとえ原著者が拒否しても、思い切った単純化をしなければならない。この単純化は、骨を磨くことによって文の骨格を鮮明にすることである。(pp.16-7)


このようなまとめ方は、やや乱暴にみえるかもしれない。しかし、他者の判断というものは、そういうものである。(pp.35-6)


抽出された定義や命題相互間の結びつきを調べることである。そのためには、ある定義や命題が、他の命題の原因となるものを、探し出さなければならない。それらは、まず任意の2つの命題の間の因果関係として捉えることができよう。(pp.20-1)


完成した文の骨格は、そのまま要約の形になっている。まずこの文のもっともコンパクトな要約は、結論命題そのものである。あるいは(中略)「風が吹けば桶屋が儲かる」式の結論を得るためには、フロー・チャートの末端にある命題と、最終的な結論命題を直接に結び付ける文章を作ればよい。しかし、要約というからにはもう少し詳しいものが求められるのが自然である。そこで、この最終結論としての結論命題に直結する中間命題1、2および3を結論命題と組み合わせた要約文を作ることができる。それは次のような文章になるであろう。すなわち、

「中間命題1であり、中間命題2であり、そして中間命題3である。したがって、結論命題である。」

この文の中間命題および結論命題のところにそれぞれ、該当する文を挿入すれば、それで要約文はでき上がりである。後は、文章をもう少し読み易いように直すだけである。(中略)文の書き手がどのような点に力を入れているか、主張の特徴がどこにあるかを反映しているのであり、むしろそこに書き手のオリジナリティーが現れているものと考えられる。

このようにして、次第に多くの命題を取り込むことで、要約文はより詳しいものとなっていく。
(pp.22-3)


さまざまの要約度の文章を書くことができる。(p.43)


この文章は少しくどいところも残っているが、厳密さを重視した結果として、このような文を書くことが必要である。この文を正確にするということは、全体の正確な理解のため、ぜひとも必要なことである。(p.44)



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続いては、寺村秀夫・佐久間あゆみ・杉戸清樹・半沢幹一『ケーススタディ日本語の文章・談話』(おうふう、1990年)より引きます。


XはYデアル」の「Xハ」の部分は、「Xニツイテイエバ」というように、その文で取り上げる主な事柄(話題)が何かを表している。文章や談話には、主としてどのような事柄について表現するのかを示す部分がある。(p.59)


「ノダ」の類型表現の代表的な意味は「説明」と認められる(p.80)



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佐久間まゆみ 編『文章構造と要約文の諸相』(くろしお出版、1989年)についてはこれからじっくりと読み込みます。


posted by 石崎 陽一 at 12:27 | Comment(0) | 興味をもったこと | 更新情報をチェックする

2013年07月18日

英語の連結母音 -o- と -i-


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科学上の発見や科学技術の進歩のために

新しい概念が必要となり、

それを表す新語が必要になったとき、

ギリシャ語・ラテン語の単語を利用して

従来存在しなかった新語が生み出されることがあります。

このように、

既存の独立した2語(以上)を結合し、

新しい語を作り出すことを合成(複合)と呼んでいます。

そして、合成(複合)に際し、連結形は

ギリシャ語系では -o- と、

ラテン語系では -i- となることが多いのですね。

ギリシャ語系の -o- 連結語には

aristocracy(貴族政治)
hepatology(肝臓学)
speedometer(速度計)
electromagnetic(電磁)


などがあり、

ラテン語系の -i- 連結語には

artificial(人口の)
herbicide(除草剤)
omnivorous(雑食性の)
acidiferous(酸を含む)


などがあります。

新しい語を知るたびに辞書で語源的な意味を押さえておくのは、たしかに手間がかかります。

しかし、それが、結局は、応用の利く有効な語彙増強の方法と言えるのではありますまいか。


(追記1)

関連記事はこちらをクリック


(追記2)

連結母音に関する記述は『リーダーズ英和辞典』(研究社、1999年)の‘-i-’の項に依拠しています。


posted by 石崎 陽一 at 21:27 | Comment(0) | 興味をもったこと | 更新情報をチェックする

2013年07月17日

暗黒物質(dark matter)と宇宙のこと



先日の東大工学部におけるSSHの特別講演会に向けて

スタンフォード大学の Patricia Burchat 教授による講演を聴き、

暗黒物質(dark matter)と宇宙のことを少しわかったような気にさせてもらいました。






posted by 石崎 陽一 at 23:20 | Comment(0) | 興味をもったこと | 更新情報をチェックする

2013年04月27日

私も受けたい授業


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東京学芸大学「学芸国語教育研究」(第30号、平成24年12月)より、備忘のため書き留めておきます。

英語教育への示唆を含んでいると考えます。

なお、下記には宮沢賢治「永訣の朝」の授業風景が続くのですが、私も受けたい授業です。


一方、彼らは、自分たちが高校時代に受けてきた授業をかなり強固に内在化している。典型的なのが古典の授業に関する事例で、例えば「現代語訳をあらかじめ配布した上で授業を展開する」といった指導例を紹介すると、「訳を配ることには反対」「配ると授業でやることがなくなる」「授業のポイントを教えてしまうことになるのではないか」といった議論が噴出する。 つまり、彼ら自身が「訳をつくる」授業を受けてきたわけであり、「訳をつくる」ことが古典の授業だと思い込んでいるのである。

ちなみに、「そういう授業が楽しかったのか?」と質問すると、多くの諸君が「退屈だった」 とか「古典は好きではなかった」と答える。つまり、国語科の教員を目指そうという自分たちが退屈だと思うことを、後輩の生徒たちにも取り組ませようというのである。「高校時代の国語は嫌いでした。でも、大学で文学を学び、教員を目指したいと思いました」という学生でさえ(というか「だからこそ」なのかも知れないが)、同じ轍を踏もうとするから不思議…というか、内在化された授業の呪縛から抜け出して、新しいスタイルの自分なりの授業を構想することは、難しいことなのであろう。(塾や予備校でのアルバイト経験が、よりこのような意識 を強固にする方向に働くのかも知れない)。

(中略)

先ずは講義中心の授業ではなく、生徒の発言・議論を中心とした授業の展開を意識することがスタート地点となるだろう。つまり、現代文であろうが古典であろうが、発問・応答を骨格とする、生徒とのコミュニケーションを中心に据えた授業を組み立てる必要があり、そのためには、しっかりとした教材研究と、その教材を生かす指導過程の研究をすることが要求されるのである。

そして、そのような授業の中で、聞く力・話す力(私は「話すこと・聞くこと」ではなく、「聞くこと・話すこと」の順だろうと考える)といったコミュニケーション能力の基礎を少しずつ養い、発言すること、議論することの面白さ、つまり、教室でみんなで学習することの楽しさを体験させながら、継続的な語彙指導(漢字の書き取りなど)とからめて、「伝える力」 を涵養することが求められているのである。

同時に、すべての指導の根底には、学ぶ側の「意欲(関心・態度)」を喚起することが必要とされることも忘れてはならない。意欲があれば、積極的に意見を発表したり議論したりするだろうし、ノートを取ったり要約をまとめたりするはずなのである。いかに意欲を喚起するか、意欲を喚起できる教材を用意できるか、古い教材であっても意欲を喚起する新たな切り口を見つけられるか、意欲を喚起する授業の展開とはどのようなものか、を、目の前の生徒の実態を踏まえて工夫することが重要なポイントであり、そこに、どのような学校、どのような教科であれ、教員の力量が求められているといえるのではなかろうか。



(追記)

全文はこちらをクリック。


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2012年11月05日

アメトーーク!


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雨上がり決死隊さんのトーク番組『アメトーーク!』が面白いですよ。

神奈川県はI先生のお薦めもありDVDを購入。

第22巻「勉強しかしてこなかった芸人」の回では学習法がわいわいと語られています。


posted by 石崎 陽一 at 04:23 | Comment(0) | 興味をもったこと | 更新情報をチェックする

2012年09月15日

1と2、あとはたくさん


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加藤良作『数詞って何だろう』(ダイヤモンド社、1996年、pp.89-90)では


古い時代には、1, 2 のあとは「たくさん」であったと考えられる痕跡を多く見ることができる。


として次の例が挙げられています。


● 日本語では三の第三の意味として「たびたび」「しばしば」があり、三軍の第二の意味として「大軍」がある。(諸橋轍次『新漢和辞典 四訂版』(大修館書店)による。)

● 英語の古語 thrice には「続けて3回」のほか、形容詞とともに用いると「非常に」の意味が出る。

● フランス語の tres には「はなはだ、大変」という意味がある。

● ラテン語で3を表す trēs は trans「越えて、遙か向こうに」に関連した語である。



そして、


3をたくさんと感ずる人々にとっては、1, 2, 3で数の1つのまとまり(あるいは全体)との意識が潜在的にあったように思われる。


という指摘がなされており、興味を引かれた次第です。


(追記1)

「一度や二度に限らず」の意の「三」は「再三注意する」や「三顧の礼を尽くす」などの表現に見られますね。

(追記2)

寺澤芳雄 編『英語語源辞典(縮刷版)』(研究社、1999年、p.1432)は、thrice-blessed(非常に恵まれた)など、強調の副詞としての(highly の意味の)thrice を含む複合語を Shakespeare が多用している点を指摘しています。

また、複合語以外の用例としては『小学館ランダムハウス英和大辞典』(小学館、1994年、p.2824)に

I should be thrice a fool if I did it.
(もしそんなことをしたら大ばか者だろう)


という用例が記載されています。


posted by 石崎 陽一 at 12:36 | Comment(0) | 興味をもったこと | 更新情報をチェックする

英語に残る12進法、20進法の痕跡


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英語の場合には13のところで10を表す数詞 -teen が現れますが、

加藤良作『数詞って何だろう』(ダイヤモンド社、1996年、p.100)によりますと、

これは南西アジアのメソポタミア北部を中心とした古代帝国アッシリア(Assyria)の12進法(duodecimal system)に由来するという説があるとのこと。

つまり、11, 12と13以上の構成に差があるのは、12進法の痕跡というわけです。

日本ではほぼ完全な10進法がとられているため、10歳以上を「10代」と呼びますが、12進法の名残りを強くとどめる英語圏では、13歳以上が12歳以下と区別され teenager と呼ばれる由。

12進法と言えば、英国では 12 pence が 1 shilling だった時代がありましたし、12個で1ダース、12ダースで1グロスという単位は今でも使われています。1年も12か月です。


また、英語には局部的に20進法(vigesimal system)の構成の数詞も含まれています。

すなわち、特に20を表す語として俗に score が用いられ、40, 60 をそれぞれ two score, three score ということがあります。(このとき score は複数形にしません。)


(追記1)

『上掲書』(p.101)によると、完成された12進法の言語にアイヌ語が挙げられるそうです。片手の五本指から5進法(quinary system)、両手で10進法(decimal system)、それに両足指が加わって20進法が生まれたということは想像に難くありません。

(追記2)

片手で1から12まで数えるやり方について、内林政夫『数の民族誌』(八坂書房、1999年、pp.33-4)より引きます。

右手を開いて、親指だけを折って伏せる。たっている4本指をながめてみると、各指は2つの関節によって3区分されている。いままであまり気にしなかったことである。1本の指に3区分あるから4本で12となる。かんたん。それをかぞえるには、まず親指をうごかして小指のさきにふれる。1である。小指を下へさがって2、小指のつけ根が3、薬指の頭にふれて4というぐあいに順に親指でさわってゆくと、人さし指の頭が10、そのつけ根にきて12でおわる。この作業が1回おわったとき、左手のにぎりこぶしから1本指をたてる。右手の作業を2回、3回とくりかえすたびに左手の指をたててゆくと、左手の指がぜんぶ開いたところで12×5(5×12)すなわち六十進法につながってゆく。

なお、60進法は、円周を360度とし、1日を24時間、1時間が60分、そして1分を60秒と分けるなどの諸点において見られます。

(追記3)

英語の12の語源は「指で10まで数えて2つ残っている」(two left ➜ twelve)であり、11の語源は「指で10まで数えて1つ残っている」で、日本語の「与一」という名前の語源かとされる「余一」と比較されよう、と寺澤芳雄 編『英語語源辞典(縮刷版)』(研究社、1999年、pp.421, 1474)は述べています。

(追記4)

イギリス通貨が十進法に踏み切った点に関して、泉井久之助『印欧語における数の現象』(大修館書店、1978年、pp.215-6)より引用します。

近代生活における一般イギリス人にとって、不規則で古い十二進法と二十進法の混用が意識における混乱を招きやすく、遂に溷濁して来たことが響いている。のみならずそれは非国際的である。けれども10は数理的にいって、はんぱな数値である。現に円周を十等分することは、幾何学的に、なかなかむずかしい。けれども六等分することは容易である。その円の半径をもって円周を区切っていけば、正確に六等分になる。これは容易に十二等分できる。それは方位の天測にも便利である。その他、2, 3, 4, 6で割れる点からも12の方がヨリ合目的的な数にちがいない。しかし昔から人間の手足に10本の指があるかぎり、〈10〉は「人間的に自然な」数である。暦日、歴月、時(じ)・分(ふん)に残る十二進法と六十進法の合理的な根拠はいかにも深い。しかしこれさえ、いつかは改革が強行される日が来ないとは限らない。現に秒以下の計り方は十進法である。

(追記5)

藤原保明『言葉をさかのぼる−歴史に閉ざされた英語と日本語の世界−』(開拓社、2010年、p.154)より備忘のため書き留めておきます。

13(thirteen)以降の -teen は「加算(足し算)の10」を表し、13は「10足す3」という意味である。一方、twenty, thirty, forty などの -ty は「乗法(掛け算)の10」を表し、「2掛ける10」。「3掛ける10」などとなる。それゆえ、日本語の「に・じゅう」、「さん・じゅう」などの場合の「じゅう」と同じことである。日本語では加算の場合には「じゅう」を前に置き、乗法の場合には後に置くが、英語では加算と乗法の「じゅう」を語形で区別し、その代わり、加算の -teen も乗法の -ty も後に置く。

(追記6)

河合茂『英文法概論 復刻版』(明倫出版、1988年、p.297)に記述があります。

(追記7)

1週間は7日間ですから7進法、鉛筆1ダースは12本、1年は12ヶ月ですから12進法、1日は24時間ですから24進法、1分は60秒、1時間は60分ですから60進法が用いられています。

(追記8)

オーストラリアのヨーク岬とパプアニューギニアの間にあるとレス海峡諸島の原住民は、両手だけでなく、肘や肩、胸や足首、膝、腰など、全身を使って33まで数える手段を有しているそうです。

中世ヨーロッパにおいては、両手の指を使って9999まで数え上げる方法があったと言います。

森田真生『数学する身体』(新潮社、2015年)に限られた身体で少しでも多くの数を捉えようとする上のような事例が挙げられていて注意を引かれました。


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2012年09月13日

日本語の“活用”と英語の連結母音 -o-


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安藤貞雄『英語の論理・日本語の論理−対照言語学的研究』(大修館書店、1986年)を読み返していて興味深い記述に出会いました。

「日本語の特質」と題する第1章から引用します。


私見では、動詞・形容詞の語尾変化は、後続する語との“切れ続き”を示すために付加される接尾詞と見るべきものではないかと思われる。つまり、philosophy の -o- のような“派生語尾”と同類と考えられる。(p.27)


なお、英語において、-o- は複合語をつくるときの連結母音として働きます。

technocracy, technology, speedometer のように、-cracy, -logy などギリシャ系の語の派生語に(時には語源に無関係で)用いられます。

『上掲書』は英語と対照した際に際立つ日本語の姿を浮き彫りにし、さらに踏み込んで日本文化の本質にまで及びます。

上記のような創見も散見されます。

同書が知的興奮を誘う書であることを再確認した次第です。


(追記)

連結母音に関する記述は『リーダーズ英和辞典』(研究社、1999年)の‘-o-’の項に依拠しています。


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2012年09月06日

「シリアスゲーム」という観点


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福島の前田浩之先生のブログで「英語の教材のゲーム化は効果的か」と題する記事が投稿されていました。

実際、ここ10年ほど、日英米の学術分野においてゲームに対する認識が好転してきています。

石崎は以前、ニンテンドーDSによる語彙習得の効果検証に携わった経験があり、その際に集中的に学んだことですが、

ゲームを教育や医療などの分野に応用する試みが2003年前後から起こり、様々な用途でのゲームの可能性が研究されてきています。

現在では、こうした娯楽プラスアルファの目的で開発・利用されるゲームは「シリアスゲーム」と呼ばれています。

日本の学術分野においても、ゲームの教育利用における有効性に関する活動が具体的な研究領域として定着しました。

2003年に「東京大学ゲーム研究プロジェクト」がスタートして学問的な立場からシリアスゲームの実証研究が行われ、「game=not serious」の意識を払拭する数々の意欲的な取り組みがなされ、現在では立命館大学がその方面のセンターになっているようです。

ゲームは利用者が操作できるという点で双方向性がありますので、文字や音声や映像をただ受動的に受けとる従来型のメディアと比べて、学習者の経験はより豊かなものとなります。

ゲーム批判によく挙げられる「ゲームは没入度が高く中毒性がある」という欠点も、それを学びに使うなら、「学習効果が高く、無理なく続けられる」という長所に変わると言えるのではないでしょうか。


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2012年06月24日

疲労と疲労感


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たまたま見つけた、南雲吉則氏のインタビュー記事に興味を引かれました。

この癌専門医は健康を意識し始めたきっかけについて次のように述べておられます。(以下青字は引用。)


当時、62歳だった父が心筋梗塞で倒れ、引退を余儀なくされたのです。大学を辞めて父の後を継いだ私は、希望していない人生を悩んだ末に受け容れることにしましたが、それと同時に自分の健康について深く考えさせられました。このままだと私は、働きに働いて、父と同じくらいの歳で倒れて仕事を取り上げられ、老け込んでいくだけの人生になってしまうかもしれない。そんな人生に、何の意味があるんだろうと。そして、健康に生きることの重要さを身に沁みて感じたんです。


そして、別のインタビューにおいて以下のように話していらっしゃいます。


生活習慣を見直した時に、僕の場合は3食をとるのが辛いと気づいたんです。それでまず朝食をやめて、次にお昼を軽くして、でも食べると診察中や手術中にやっぱり眠気に襲われるのでやめて、一汁一菜の夕食だけをとることにしました。あとはお腹がグーッと鳴ったらいつでも食べていいことにしたら、気持がすごく楽になりましたね。


食事は「お腹が空いた」と思ったときに取るのがよく、回数や時間にこだわる必要はないということです。この場合はドカ食いではなく「一汁一菜」というのがやはりポイントでしょうか。


毎日3時半ぐらいに起きてぬるま湯でシャワーを浴びて、メールをチェックしたり、病院に行くまでの6時間ぐらい仕事をするんです。それから病院で熱中して働いて、その後は人と会ったり用事を済ませて帰宅します。10時前には寝ますが、もう爆睡ですよ。何より気力と体力があってやりたいことが1日でそれだけできると、自己達成感がありますね。


南雲先生のそれが石崎の生活リズムに近く、力を得ました^^

『女性セブン』(小学館、2012年5月10・17日号)における同氏の発言によると、午後10時から午前2時の眠っている間に肉体を若返らせる成長ホルモンが分泌されるので、その間は必ず睡眠を取ることが大切とのこと。

成長ホルモンには就寝中に内臓脂肪を燃焼させたり、筋肉を鍛える効果のほか、傷ついた血管を修復したり、抗癌作用も期待できるそうです。


食事について言うと、空腹と空腹感とは違うんですよ。身体の中で脂肪が燃焼され尽して血糖値が下がり、お腹がグーッと鳴った時の状態が空腹。食事したばかりなのに手持無沙汰でお菓子に手を出すのは空腹感。同じように、一日中がむしゃらに働いて、筋肉に乳酸が溜まって立っていることができないとしたら、それは本物の疲労です。逆に週末しっかり休んだのに、月曜の朝「ああ疲れた」と言ったら、まだ働いていないじゃないかと(笑)。それは疲労感であって疲労とは違う。つまり、それらはすべて自分の脳が作った妄想なんです。そういう妄想に支配されたまま人生を生きていった人間の行き着く先というのは、“老化”と“病気”なんですね。


健康は脳が作り出す要素が大きい。つまり、本当に身体が疲れている「疲労」と、脳が疲れていると思いこむ「疲労感」とは異なる、ということです。

月曜日の朝に疲れたと思うのは単なる疲労感で妄想に過ぎない場合が多い。思いこみで健康を損なってはいけない。

高校生に置き換えれば、部活で疲れて帰宅して、うつらうつら非効率的な勉強をするくらいなら、風呂に入って夕食を食べてさっさと寝てしまい、3時頃に起きて勉強するというのも一つの手だということになるでしょうか。

また月曜日の朝に弱い人も、それが気持ちに由来していないか、一度反省してみる必要がありそうです。月曜日以外の朝も同様。それが単なる疲労感なら、その原因を意識し、その克服を心がけることが、これからの学校生活で重要なことになるでしょう。


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2012年04月30日

代名詞による呼びかけについて


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今年度は外国語指導助手(AET)の先生とチーム・ティーチングをする機会を享受しています。

2人のアメリカ人と“all in English”で4クラスを教えているのですが、言語使用の生の場面に立ち会うことで

様々な小発見があります。


先日はペアワークの段になり、ペアを作る指示を相方が出したときのことです。

彼女はふた列を指さしながら

“Pair up, you two, you two, you two,....”

と各組を順番に指定していき、残った一列の四人は前後で組むよう

“you and him, and you and her.”

と、目的格で言われたのです。


口語では、be動詞の補語としての人称代名詞は、主格の代わりに目的格が起こります。

そしてそれが“目的語の領域”(object territory)と意識されるからであることは指摘されています。

けれども、今回のケースは領域を意識する言語環境になく、興味深く思えた次第です。

授業後、ご本人に尋ねてみましたが、案の定、理由は説明できない、とのことでした。


(追記)

本記事の執筆にあたり、安藤貞雄『英語語法研究』(研究社、1969年、p.124)を参照しました。


posted by 石崎 陽一 at 08:48 | Comment(0) | 興味をもったこと | 更新情報をチェックする

2012年03月29日

テレビで基礎英語


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田尻悟郎先生の中高生向け英語番組が来月スタートするんですね。


(詳細はこちらをクリック。)


posted by 石崎 陽一 at 11:31 | Comment(0) | 興味をもったこと | 更新情報をチェックする

2011年09月25日

面白パフォーマンス



(携帯電話では視聴できないようです。スミマセン)


こんな映像を見つけました。

面白パフォーマンスで人気のサウスウェスト航空の機内アナ
ウンスです。

こんな飛行機乗ったら楽しそう!


(追記)

キャプション機能をオンにするとラップの歌詞が英語で画面に
表示されます。

やり方ですが、画面右下の「▲」の部分をクリックすると
メニューが出てきます。

「キャプション機能をオンにする」を選びます。


posted by 石崎 陽一 at 00:08 | Comment(4) | 興味をもったこと | 更新情報をチェックする

2011年08月07日

中学生英语能力竞赛资料


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(唐辛子が収穫の時期を迎えてます^^)


中国の英語の試験問題を見つけました。


こちらをクリック → 中学生英语能力竞赛资料


結構楽しめますよ(^-^)


なお、"中学生英语能力竞赛资料" として検索サイトでフレーズ検索をすると他にもいろいろヒットするようです。


posted by 石崎 陽一 at 00:30 | Comment(2) | 興味をもったこと | 更新情報をチェックする

2011年08月06日

「疑問詞+to 不定詞」について


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愛用する『アンカーコズミカ英和辞典』(学研、2008年、p.1950)に


意味上 to do の do を修飾する疑問詞や否定語は to の前に置く


という記述があります。(下線は現筆者による。)


私はこれまでこのような捉え方はしていなかったものですから、この記述に出会って新鮮でした。


そうか。


たしかに、次のようなケースでは疑問詞(+後続する名詞)は意味上 to do の do の主語ないし目的語に相当し、do を修飾などしていません。


who to marry(誰と結婚したらよいか → 結婚相手)

what to do(何をしたらよいか → 対処法)

which to choose(どちらを選んだらよいか)

whose invitation to accept(誰の招待を受けたらよいか)


しかし、


where to stay(どこに滞在したらよいか → 滞在先)

when to quit(いつ止めたらいいか → 引き際)

how to apply(どのように応募したよいか → 応募要領)

how long to cook(どのくらいの時間調理したらよいか → 調理時間)


このように疑問副詞が to 不定詞に先行するケースは如上の記述の
ように捉えることができますね。


というのも、

意味上 to do の do を修飾する副詞(否定語を含む)は to の前に
置くのがふつう

とされるからです。


It is important always to cite your original source when you paraphrase, so you are not committing plagiarism.


新たな整理の仕方を教わりました。


posted by 石崎 陽一 at 11:11 | Comment(0) | 興味をもったこと | 更新情報をチェックする

2011年08月05日

YouTube の映像から学ぶ



(携帯電話では視聴できないようです。スミマセン)


Jacy という女の子が The Fat Cat Sat on the Mat というお話を
音読しています。


読み方がたどたどしくて何とも可愛らしい^^


こうして音節の感覚を覚えていくんですね。


posted by 石崎 陽一 at 10:41 | Comment(0) | 興味をもったこと | 更新情報をチェックする
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