2012年09月16日

単語の指導


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竹中治郎『ある英語教師の思い出』(泰文堂、1971年、p.90)より備忘のため書き留めておきます。


単語も出来るだけ規則的に毎日暗記させるようにした。そのためには各学年に応じ、重要な単語を一週間分三十語を精選し、月曜日から土曜日まで毎日五つずつ各教室の黒板の右端に朝少し早く行っては授業いやチャペルの礼拝の始まる前に書いて廻るのである、そして毎週月曜日の授業時間に五分間でテスト(十語)し、すぐ採点してその翌日に返すことにしたものである。四五年後の今日でもその当時の生徒は「あゝして覚えさせられた英単語は今でもよく覚えていますよ」と感謝をこめて述べてくれる者が多い。


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2012年09月14日

成功する人の条件


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内田樹先生は1950年東京生まれ。

都立日比谷高校を高2のときに退学し、大学入学資格検定を経て東大に入学。

仏文科を卒業された後、都立大の大学院で学び、その後、昨年まで神戸女学院の教授をしておられました。

ご専門はフランス現代思想、映画論、身体論。合気道の達人で、武道家としても有名な方です。

その内田先生が「成功する人の条件」について、次のように述べておられます。

2012年4月22日付朝日新聞朝刊、朝日求人のコーナーより引用します。


学ぶ力には三つの条件があります。第一は自分自身に対する不全感。自分は非力で、無知で、まだまだ多くのものが欠けている。だからこの欠如を埋めなくてはならない、という飢餓感を持つこと。

第二は、その欠如を埋めてくれる「メンター(先達)」を探し当てられる能力です。メンターは身近な人でもいいし、外国人でも、本や映画の中の人でもいい。生涯にわたる師ではなく、ただある場所から別の場所に案内してくれるだけの「渡し守」のような人でもいいのです。自分を一歩先に連れていってくれる人は全て大切なメンターです。

第三が、素直な気持ち。メンターを「教える気にさせる」力です。オープンマインドと言ってもいいし、もっと平たく「愛嬌」と言ってもいい。

以上、この三つの条件をまとめると、「学びたいことがあります。教えてください。お願いします」という文になります。これが「マジックワード」です。これをさらっと口に出せる人はどこまでも成長することができる。この言葉を惜しむ人は学ぶことができないのです。学ぶ力には年齢も社会的地位も関係がありません。みなさんも、いつまでも学ぶ力を持ち続けてください。



「学びたいことがあります。教えてください。お願いします」はいい文ですね。

生徒たちにはこの気持を忘れずに、一時間一時間の授業を大切にし、先生方の最大のパフォーマンスを引き出してもらいたいと思っています。


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2012年09月05日

暑い夏の終わりを感じる


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ご訪問ありがとうございますm(_ _)m


9月になり1週間が経とうとしています。

もちろん、だからと言って季節が急に秋になったわけではありません。朝、職場に行ったら、毎度のことながら、汗だくになっています。

しかし、最近、夕方、外に出ると、身体に当たる風がちょっと違ってきました。何とも言えない「秋らしさ」が感じられるのです。

9月になった、ということを、意識しすぎているのかも知れません。その辺りは自分でもよくわかりませんが、その風に心地よさを感じるのは確かです。

この夏は、その暑さに辟易しました。

もちろん、まだ暑い日が続くでしょう。

とはいえ、その暑い夏の終わりを感じることができるのは嬉しいことだと思った次第です。


(追記)

話題は変わりますが、2012年9月3日付 THE NIKKEI WEEKLY(32面)に次の言葉が見え、核心を突いた発言と思わず膝を打ちました。

Everyone has his or her own motivation to boost a sense of satisfaction at work. This drive might come from wanting to please others or creating new ideas and knowledge.


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2012年08月30日

突き抜けるために基礎に立ち返る


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www.さとなお.com(さなメモ)で知り得た次のエピソードが印象的でした。


こちらをクリック ➜ イチローの習慣と、矢野顕子の改善


壁にぶち当たっている人、より高みを目指している人の参考になるのではと思いました。


それでは、また。


posted by 石崎 陽一 at 20:40 | Comment(0) | 印象に残ったこと | 更新情報をチェックする

2012年08月15日

教材を現実に結び付ける工夫


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学習者の興味を呼び起こす工夫について、『羽鳥博愛著作集T』(三省堂、2011年、p.19)より備忘のため書き留めておきます。


先生のほうでは大いに張り切ってオーラル・イントロダクションをやっていても、あるいはそこまではいかなくても、うまいところを聞かせてやろうなどと、いい気になって読んでいても、生徒にはチンプンカンプンであることがよくある。

だから、スーッと英文を読んだところで、「そうすると2番目のお姉さんが入ってきて」と日本語を入れて、また英語を読む、というような技術も重要なことだと思う。英語だけでやられていたのではさっぱりわからないが、日本語の説明が入ると場面の動きがわかって興味が起こるのである。



posted by 石崎 陽一 at 07:43 | Comment(0) | 印象に残ったこと | 更新情報をチェックする

2012年08月09日

大村はま先生


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以下に引かせていただくのは、国語教育のために73歳まで現役教師として活躍された大村はま先生(1906-2005)のお言葉です。

キーフレーズは

「新鮮」、同じことを二度やらない、今のその人をきちっとみる、教育というものは一人ひとりを育てること。

学習評価の観点から、次の一節に深く共感しました。


自分は優れていようと、ダメであろうと、自分のできることを力一杯やって、ここまでやれたという気持の他にはない。だから優劣なんていうことの問題にならない。

(中略)

一番役に立つのは、自分の足りないところ、これからやりたいことの発見じゃないか、というふうに思います。



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2012年08月08日

村上信夫さん


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以下に引かせていただくのは、帝国ホテルの料理顧問をされていた村上信夫さん(1921-2005)、当時81歳のお話です。

キーフレーズは

日々勉強、行動の裏に愛情・真心、信用、チャンスは「練って待て」、チャンスが来たら絶対逃すな、秘伝を公開せよ、料理の極意は研究、愛情、真心。

人生訓とも言える深い内容で、教育(者)にも当てはまる事柄だと感じました。



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2012年08月05日

語学習得の方法について


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石橋幸太郎『英語学覚え書』(吾妻書房、1958年)より備忘のため書き留めておきます。(漢字は新字体に改めてあります。)


なるほど、口頭練習をほとんど行わないで読書力をつけえた人々は決して少なくないであろう。そういう人々は自分の経験から推して口頭練習の不要を説くのであるが、もしもそれらの人々が口頭練習から始めていたならば、はるかに自然に且つ容易に読書力を養い得たであろうということを反省してみる必要がある。(中略)且つ又口頭練習の反対者は、視覚・聴覚・運動感覚など利用しうる一切の感官に訴えるのが語学習得には最良の方法であるという常識を忘れている点も指摘されねばならない。(pp.57-8)


従来の「教養」という抽象的なつかみどころのない看板を下ろし、もっと手近で具体的な実際的面を表面に推し出すべきである。そうしても決して教養価値を無視することにはならない。何となれば、そもそも教養価値というものは、語学の実践的訓練、すなわち、聴き話し読み書くといういわゆる四技能を通して初めて得られるものであるから、四技能の訓練が徹底すれば、それだけ教養の面でも成果が挙るはずだからである。(p.219)


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2012年08月04日

全身全霊、ということ


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江川泰一郎氏と NEW APPROACH to English Grammar(東京書籍)にまつわるエピソードの詰まったPDFファイルがダウンロード可能です。(こちらをクリック。)


先生の、お仕事にかける情熱に、刺激を受けています。


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2012年07月31日

常に同じくあれ、ゆっくり急げ


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英語学者・市河三喜氏(1886-1970)は名随筆家としても知られます。『旅・人・言葉』(ダヴィッド社、1957年、p.179)には友人であるT氏のことが「いい意味において変わった人」としてユーモラスに描かれています。


古典学者でT君というのがある。専門から浮世ばなれしているが、学生時代には恩師ケーベル先生から big baby(大きな赤ん坊)と言われていた。ある意味においてこれは一般学者の通有性とも言えるが、しかし当のT君は非常に規則正しい生活をしていて、一しょに下宿していた時も、朝は五時に起き、井戸端で冷水摩擦をする、それが左腕は何回、右腕は何回と、ちゃんときまっている。食後は必ず三十分間散歩をする。雨が降ればそれに代る運動をする。ホーマーを読んでいても正十二時になれば、たとえあと二三行で巻の終りになるところでもピタリと本を閉じて下へおりてくる。その時食事の用意が出来ていないと「恥を知れや!」と言って御機嫌斜めだ。夜は九時に寝るから、集会でも何でもそれに間に合うように退席する。こういう風で出来るだけ押し通して来たから、「おれは長生きするぞ」といばっていたが、実際長生きするかも知れない。

正直で融通がきかない、一こくな性質があるというのは、一面「真理を愛する」という、学者の本質的な性格につながるものとして許されよう。



T君とは『羅和辞典』(研究社、1966年)等で著名な田中秀央氏のこと。標題は恩師ケーベル先生から授かった、氏の座右銘です。


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2012年07月27日

ことばとは


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三宅鴻『英語学と言語学〈後編〉』(三省堂、1972年、pp.B-C)より備忘のため書き留めておきます。


しかし少し考えた人ならだれでも分かるように、ことばというものは人間存在の深奥の部分に食い込んでいるものであって、決して一部の安直なコミュニケーション論者が言うような、思想を乗せて運ぶだけの「ノリモノ」(vehicle)ではない。この、私が“the Vehicle School”と名づける一派が、ことばというものを安直手軽に取り扱う気運を作ったのは、残念なことである。それぞれの国語には、英語で genius(特性的精神、精髄)と言い、ドイツ語で Volksgeist(民族精神)と言い、日本語ではおそらく「ことだま」と言うであろうものがある。


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2012年07月12日

室伏広治さん


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一昨晩のNHKクローズアップ現代で室伏広治さんが特集されていて、大きな刺激を受けました。

「年齢の壁を越えろ 〜室伏広治 金メダルへの秘策〜」と題する番組です。(以下、青字は引用。)


室伏選手

持てる力を全部出し切りたいなと思います。

室伏選手のコーチ

彼のすごいところは、常に新しいやり方を探しているところです。

室伏選手

自分で限界を決めたくはない。最大の努力をしたいなと思いますね。

室伏選手

今、自分が持っている体で、いかにして最大の力を発揮できるか、最高の成績を残せるか、パフォーマンスを上げられるかってことを常に考えてやってます。

室伏選手

やはり日々ね、向上心を持っていくことだと思いますよね。
それは肉体的にも、精神的にも、昨日よりも、また今日、今日よりも明日というふうに、やはり、いかに自分を向上させていくかというところが大事だと思いますけどね。


朝原宣治(北京五輪 銅メダリスト)

普通なら、強い選手は特に、こういうやり方がよくて、こういうやり方で結果が出たということで、それに頼っていく、いきがちなんですけど、それを彼は全く新しい方法でアプローチして、さらに自分を高めようというのが、やはりすばらしいところかなと思います。

同じことを繰り返さないというのがね、また彼の、人とはちょっと違うところかなと思いますけどね。

ある程度、自分のやってきたことに自信を持ちながらやらないと、選手っていうのは自信が揺らぎますので、全く違うことにチャレンジするというのは、やはり勇気がいることですね。


室伏選手

やはり自分の持っている、今の力っていうのを素直に認めるってことと、あとはそれを客観視してくれる人たちの話を、素直に聞き入れるっていうのは、非常に大事なとこかなと思いますね。
ベースのところ、今の状態が分からないと、次、どうやって進もうかっていうのは、見えてこないですよね。


朝原宣治(北京五輪 銅メダリスト)

私はもう、そっち(精神面での疲れ)のほうが、肉体疲労よりも精神疲労のほうが問題というかね、大きな問題なんじゃないかなと思います。
というのは、やはりモチベーションというのが選手を支えてますので、じゃあ次行くのに、どういう気持ちで、どういう目標を持っていこうっていうのは、ものすごい大きなところで、そこに体を動かそうと思ったら、心が動かないと、向かっていけないですよね。


朝原宣治(北京五輪 銅メダリスト)

彼の場合は、金メダリストでね、これ以上、もう望むものはないというところで、やはり自分の限界ですよね。
どこまで自分がいけるのか、どれぐらいの可能性があるのかっていうのを追い求めてるところっていうのが彼のモチベーションで、それが彼にとってハンマー投げであってね、それを超えたところで戦っているというかね、求めてるところがあるんじゃないかなと思います。

室伏君そのものをなんか高みに向かって、追求しているという感じを受けますよね。



なお、こちらのサイトで文字に起こされた全文を読むことができます。


posted by 石崎 陽一 at 02:24 | Comment(0) | 印象に残ったこと | 更新情報をチェックする

ヒアリングマラソン中の見つけ物


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ヒアリングマラソンの中でも特に楽しみにしている「HMシネマ試写室」ですが、今月号の紹介(pp.40-1)において、『ラム・ダイアリー』という映画の台詞として次の発言が登場しています。


Kemp:Mm, I saw him, but didn't meet.
Sala:I wouldn't bother. Piss on the make. The boy Segurra is into property wickedness.

ケンプ:見掛けたよ、あいさつしてはいないが。
サーラ:俺は関わりたくないね。あんなろくでなし。セグーラってやつはあくどい不動産取引をしている。



たしかに、初対面の挨拶は“Nice to meet you.”ですもんね。
柏木しょうこ氏の達意の翻訳に学んだ次第です。


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2012年07月07日

疑問文?


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以前私は「動作動詞」という用語について記しましたが、「疑問文」という用語に疑問を呈する記事を読みました。

英語導入期のシラバス再考」と題するブログから引用させていただきます。


日常語の意味合いからすれば、たとえば、
 「この列車は新横浜駅に停まりますか?」
は決して「疑問」ではなく、宮田幸一先生が『教壇の英文法』で述べていらっしゃる通り
「質問」にほかなりません。

仮に、同じような文脈で「疑問」文を作ってみれば、
 「この列車は新横浜駅に停まる、と先程あなたは言いましたが、本当に停まるんですか?」
あたりになるでしょう。



そして


もちろん、「言葉の決まり」(=文法)の世界には、その世界特有の言い回しがある、
という反論もあることでしょう。



と譲歩した上で、次のように主張されます。


けれども、たとえば若林先生がおっしゃっていたように、
 「文法学習が文法用語学習になってはいけない」
はずです。



これが


そもそも「疑問文」という用語は適切なのか。
そして、学習者にとってわかりやすいのか。



と問いかけておられる次第です。今後も


これまで、当たり前のように使われていた文法用語や、
当たり前のように行われてきた文法説明について、
若林先生をはじめとする先達の発言の再現になることを恐れず、
思うところを、随時、書き連ねて行こうと思います。



とのこと、記事の更新を心待ちにしたいと考えています(^-^)


(追記)

個人的には、「英語導入期のシラバス再考」の中では、他に例えば次のような記事が好物だな^^

http://blogs.yahoo.co.jp/tokyo_larkhill/6194128.html

http://blogs.yahoo.co.jp/tokyo_larkhill/6249324.html


posted by 石崎 陽一 at 02:08 | Comment(0) | 印象に残ったこと | 更新情報をチェックする

2012年06月24日

連声


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日本語に連声(れんじょう)という現象があります。

例えば、反応という語は単独で読めばハン・オウです。

でも、続けて読めばハンノウになる。

英語でも同様の現象があり、リンキングと呼ばれています。

先日、ALTとのチームティーチングの授業で、相方が

これから「エメンネムズ」を配るので一人3粒ずつ取りなさい。
そして2つを口にし、1つを机上に置きなさい

と指示した時点では生徒の反応はイマイチでしたが、カラフルな M&M'S が詰まった袋が手元に渡るやいなや歓声が上がり、同時にリンキングについて得心した様子でした。

そう、「エメンネムズ」とは“melt in your mouth, not in your hand”というスローガンで有名なチョコレートのことなのでした。


(追記)

英語では子音と母音はつなげて読むのが原則です。

ポーズをおかず長い単語のように発音するのですね。

書かれた文には単語間にポーズがあるが、話す際には、一定の区切り以外にはポーズをおきません。

つまり、一区切りの中にある語は1つの長い単語のように発音するのです。

特に語末の発音が子音で終わり、次の語が母音で始まる場合は、その子音と母音が連結するので注意が必要です。


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2012年06月20日

0 は oh[ou]と読む


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OCTではALT(外国語指導助手)とのチーム・ティーチングを満喫しています。

先日、時刻を表す表現を学習している際、数字の 0 は oh[ou]と読む、という話になりました。

携帯電話の 080-xxxx-xxxx という番号も、数字の 0 を[zirou]とはふつう読みません。

そう言えば、CROWNTの音声CDは1902年を“nineteen oh two”と読んでいたなぁと納得。

こう読む訳について、お一人の方は

I don't know why, but I do that.

とそっけなかったのですが、もう一人の方の挙げられた理由が興味深かったです。

We read this oh, because we are so lazy.

こう、ユーモアたっぷりに話しておられました(^-^)


posted by 石崎 陽一 at 22:19 | Comment(0) | 印象に残ったこと | 更新情報をチェックする

2012年06月03日

鋭い


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清水ミチコさんのブログを愛読しています。

先日の記事は私にとって示唆的でした。

少し長くなりますが引用させていただきます。


「アタシ、自分を殺して、
ヒトのために頑張ってるのにい!!」
という人は、なんだかいつも
うまく行かない。

そして、必ず
そうでないヒトの批判や、
やたらな自己卑下を繰り返します。

(中略)

会社でも水商売でも芸能でも
同じかも知れませんが、
お客様に向かって、まず最初は
自己犠牲をしたくなるもの
なのです。

ところが
いっけん(めっちゃすごいサービスを!)
(アタシ、頑張ってる!)
なようで、まず、現実的には
案外ロクな結果が
待ってはいません。

(中略)

腰の低い「店主」の思いや、
善良さが、なんとも言えず
こちら「客」に負担を感じさせる。

この理不尽さは、
育児にも似てるかもね?

お客さん(というか世間一般誰も)は、
意外とチマチマ、コマゴマと親切に
されたくないもの。

なんでこんな店がこんなに業界人を呼べる?
とか、
なんであんな女に客がつく?
とか、
なぜにあんなタレントが売れてる?
など、疑問を持ったならば、
よ〜く見てみれば、きっとそこに
「風」とか「スキマ」を
見つけられるかもしれません。

おそらく、いつでも
スッカスカ!

ともかく「情」はいつも
自己欺瞞に似ているし、
「愛」はあんがい
まずは自己中心も大切なんだと
思わせてくれるもんですね。



posted by 石崎 陽一 at 13:37 | Comment(0) | 印象に残ったこと | 更新情報をチェックする

2012年04月04日

「読む」とは


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以下、青字は引用です。


自分が理解した内容を、自分の守備範囲の中の英語で言い換えることは、発達段階としては好ましいことですが、例えば、 without breaking a sweatを、 easilyとか、without trying hard、と言い換えた場合に、それで本当に読めたことになるのだろうか、という疑問が拭えません。その without breaking a sweatという言葉の実感を自分のものにできるのか、ということが分からないまま通過していくのであれば、そもそも多様な表現を用いた文章で「読む」必然性はない訳です。easilyという語が使いこなせる学習者に、without breaking a sweatということばへと近づいてもらう、その「におい」や「てざわり」を感じさせるための方策を最近の英語教室は忘れてしまったかのように思うことが多々あります。(中略)「英語は英語で」で読み進めるのは結構なのですが、肝心な学び手の「英語」がいつまで経っても成熟していかないのではまずいと思うのです。


という松井孝志先生の言葉に激しく同意します。


続けて引かせていただきます。


内容理解のためには細かいところに気を取られず、木を見て森を見ない愚を犯さずに、主題・筆者の意図を掴むべし。

とか、

「英語は英語で」読むべきで、いちいち日本語に置き換えたりしないで、自分の理解した内容を別の表現に言い換えたり、要約したりして内容を掴むべし。

とか、

言葉はコミュニケーションのために用いられている以上、「意味」や「内容」も、常に文脈のなかで捉えるべきで、文脈があるからこそ、その表現、文の持つ意味が決まってくる。一文主義にとらわれていてはいけない。

などと言う前に、まず、「その1文がきちんと読めているのか」を問うべきだと思うので。



(追記)

次の記事も参考になります。こちらをクリック


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2012年01月10日

工藤公康さん


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こちらの記事を拝見し、えらい方だなぁ
と感じ入りました。


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2012年01月05日

学ぶ意欲を育みたい


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うちの子が言います。

:ねぇ「火」は英語でファイヤーだから赤い(仮面ライダー)フォーゼをファイヤーステイツって言うんでしょ?

:うんきっとそうだね。健ちゃんいいとこに気がついたね。

:(誇らしげな顔)

:じゃあ。なんで「金」は英語でゴールドなのに金色のフォーゼはエレキステイツって言うの?

:おおいい質問だねぇ。実は「エレキ」っていうのは電気のことなんだよ。

:ああそっかー。エレキステイツのフォーゼは電気で敵をビリビリするんだもんね。(満足げな顔)

:ひかちゃんエレキギターとかエレクトーンとか聞いたことあるでしょ?

:あーあーあー。(頭の上に電球マークが点灯ひらめき

学ぶ意欲、というと少し大げさですが、二人の幼児はいま、知的好奇心に満ちあふれています。


ダーウィニズム的解釈によれば、知的好奇心は個体保存、生存確保のため、種に組み込まれているシステムとして発生したとされます。

けれども、生命を脅かされることのない状況下では、自分の世界を広げるために、探索し知りたく思う気持ちが生じてくるのでしょう。

人は興味をもつ対象に対しては学ぶ意欲を存分に発揮するようです。

その意味で、知的好奇心は自ら学ぼうとする意欲の源泉と言うことができますまいか。

学習者自身にやることが見つかり、こだわりとか凝りとかが芽生えればしめたものだと思います。

意欲を維持するようにいかにして授業を作るか、今後の授業に向けて、自己点検は続きます。


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教師たるもの、生徒にいったい何をどのように教えるべきなのか。(後略)

しかし、もし教師が独断でその決められた教材を棄てたとしたらどうなるだろう。その瞬間から教師はすべてを自分で引き受けなければならなくなる。(中略)それはハイキングコースを登るのと、未踏のエベレストの山頂を目指すほどの違いである。(後略)

国語の教材であるから、生徒にはとにもかくにも文章の内容を把握させなければならない。

黒岩祐治『恩師の条件』(リヨン社、2005年、p.43)


(前略)自分の記録を見るかぎり、私もまさに先生のその術中にはまっていたと言えるだろう。たしかに他人の書いた文章に自分勝手に表題をつけていく作業は面白い。通常、名著と言われる作品はそれを受動的に自分の中に受け入れることしか考えないが、この表題付けは違う。(中略)まるで自ら本の制作にかかわっているような楽しさがある。

しかも正解がないから、自分がつけた表題によって自分なりの『銀の匙』に生まれ変わっていく。この瞬間から、『銀の匙』は恭しく奉っている名著≠ナはなく、親しみあふれる自分なりの作品≠ノ変質していくのである。


『上掲書』(pp.46-7)



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