2016年05月28日

hardly の語義について


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『オーレックス英和辞典 第2版』(旺文社、2013年、p.883)は hardly の項に「…したばかりで」の語義のもと、次の用例を記載しています。


その少年は寝たばかりなのに、もうぐっすり眠っている。
The boy has hardly gone to bed, but already he is fast asleep.



なぜ hardly で「…したばかり」の意になるのでしょうか?

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2016年04月30日

過去完了形を用いるか過去形を用いるか


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過去完了形を用いるか過去形を用いるかについて、R. Murphy, Grammar in Use(Cambridge University Press, 2012, p.30)が挙げている次の例が違いをよく説明しています。


Was Tom there when you arrived?
− No, he had already gone home.

Was Tom there when you arrived?
− Yes, but he went home soon afterward.



George Yule, Oxford Practice Grammar Advanced(Oxford University Press, 2006, p.23)も好例を提供しています。


When he arrived in the morning, we had started work.(= We started before he arrived)

When he arrived in the morning, we started work.(= We started work after he arrived)


なお、ある行為が他の行為に直結する場合はいずれも過去形で構いません。『上掲書』(Ibid.)より引きます。


Note that two verbs in the past simple can suggest a cause and effect: When I called, he came.




posted by 石崎 陽一 at 17:02 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

仮定法現在と条件・譲歩節


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仮定法現在と条件・譲歩節について、植木五一『現代英文法講座 第四巻 動詞(下)』(研究社、1968年)は


条件文というものは、かりにこうであったとしたら、こうなるであろうというように、何か想定された事柄を述べるものであるから、そこに仮定法を用いることができる。このことは「かりにこうであったとしても」という譲歩を表す場合についても同じである。

しかし、現在や未来のことに関して、たとえば「あなたがお望みならば」とか「明日お天気ならば」などという条件は、今の英語では直説法で述べるのが普通である。そのような条件を、実現するかどうかわからない、あるいは事実であるかどうかわからない、不確かな想定として述べないで、十分事実に近いものとして述べようとする態度のあらわれとして直説法が用いられるのである。
(p.23)


やや凝った文章(choice language)のなかでは、今でも現在や未来に関する条件節(if-clause)や譲歩節に仮定法現在を用いることがある。この場合帰結の方の文中には直説法が用いられる。(p.23)


仮定法現在の方は、それを事実であるかどうか、現実となるかどうかわからない、不確かな事柄として、すなわち単に想定されたものとして述べているのである。もちろん、想定されたものは、不確かではあるが、事実となっても一向にさしつかえのないものとして考えられている。直説法は事実ありそうなこととして述べるに対し、仮定法の方は、確からしさの少ない、やや疑わしい仮想として述べるという点が両者の違いである。(p.24)


と述べています。



posted by 石崎 陽一 at 09:30 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

仮定法の「法」について(その4)


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仮定法の「法」について、植木五一『現代英文法講座 第四巻 動詞(下)』(研究社、1968年)は


法の区別は主として、述べようとする事柄に対して話し手がどういう態度を取っているかを示す区別である。これが動詞の形によってあらわされているときに、法の区別が生ずる。すなわち、その述べることがらを事実(fact)として述べるものは直説法であり、そのことがらを事実とは無関係な仮定として、あるいは何か想定された考え(thought, concept)として述べるものは仮定法である。(p.1)


古くは単純な仮定法の形(be opened のような)が用いられた場合に、現代の英語ではもっぱら助動詞を伴う形(should be opened のような)が用いられることもある。/いずれにせよ、このような助動詞を伴う形が仮定法の意味合いをもって用いられているときには、これをやはり仮定法の一種と考えることにする。/同様に、たとえば If I were a bird, I would fly to you(鳥ならば飛んでいくのだが)というときの、were はもちろん仮定法であるが、would fly の方も同じように仮定法と見ることができる。(p.2)


と明快に述べています。


(追記)

『上掲書』(p.53)は

過去の時に関する仮定の前提では、たとえば if I had known it というような過去完了形が用いられる。ところが can には過去分詞がないから、「あの時に…できたとしたならば」というような前提にあっては、 if I had could という形が使えない。このような場合には、たとえば if I could have tried it という形が用いられる。

と説明しています。



posted by 石崎 陽一 at 09:07 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

従属節における過去完了の使用


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従属節における過去完了の使用について、植木五一『現代英文法講座 第三巻 動詞(上)』(研究社、1969年、pp.77-8)は


たとえば He wondered if she had overheard what he said(彼が言ったことを彼女は立ち聞きしたのだろうかと彼は考えた)の最後の部分は what he said でよいのか、what he had said であるのかという問題である。

(前略)特に完了の含みがある場合は別だが、一般にはこのような過去完了文節に従属する節のなかでは過去形が用いられる。



と述べたのち、


このように過去形が用いられる理由は、一つには過去完了というものが、どちらかと言えばぎこちない形であって、ぜひ必要でなければ避けたい気持ち


があるだろうと指摘しています。

すなわち、従属節のなかで過去完了が用いられるのは「いま何々したばかりだ」とか「もう何々してしまった」とかいう完了の含みの強い場合や、経験、継続の意味のある場合が多いのですね。



posted by 石崎 陽一 at 08:37 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

2016年04月23日

「幼児教室の英語」と「中学・高校の英語」の混同


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薬袋善郎『学校で教えてくれない英文法』(研究社、2003年、p.D)より備忘のため書き留めておきます。


「文法用語が難しければ、使わないで説明しよう」という方向に行くのではなく、「文法用語が難しければ、どうしたらその用語をわからせることができるだろう」という方向に工夫を凝らすべきだと思うのです。

幼児が英語を学ぶやり方と大人が英語を学ぶやり方が違っていては、なぜいけないのでしょうか。効果的な「道具概念」を人為的に構成し、それを駆使して、混沌として制御不能に見える現象に切り込み、ついには、その背後に隠されたメカニズムを把握して、その現象を自由自在に操れるようになる、これこそ理性的動物たる人間の人間たる所以ではないでしょうか。



(追記)

標題は『上掲書』(p.165)より採らせていただきました。



posted by 石崎 陽一 at 15:01 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

2016年04月17日

類推の力による混同の一例 − expect と hope の語法


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expect と hope の用法の混同につき、「出版されて以来、代表的な慣用法辞典として長い間親しまれてきた」 A Dictionary of Modern English Usage において、Fowler は


Analogy has been at work, &, as hopeexpect are roughly similar in sense, the construction proper to one(I expect them to succeed)is transferred to the other(I hope them to succeed, whence They are hoped to succeed)with which it is far from proper;


と述べています。


expect と hope は意味が似ているので、expect についての正しい構文 I expect them to succeed. が hope にも転用され、

I hope them to succeed. とされることがありますが、この構文は決して正しくないということです。


古いと感じられるところもあるものの、

私たち外国人としては、英国人がある語句をどのように感じるか、またどのような点を誤りとし、どのような誤りを犯しやすいかを知ることができてこの辞典は興味深いです。


(追記)

A Dictionary of Modern English Usage に対する「出版されて以来、代表的な慣用法辞典として長い間親しまれてきた」との評は『現代英語学辞典』(成美堂、1973年、p.1050)から引きました。


posted by 石崎 陽一 at 17:55 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

2016年03月31日

animal adjectives


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英語では、例えば「間抜けた顔つき」のことを指して言うのに牛(cattle)にまつわる形容詞 bovine を持ち出して a bovine expression と表現したり、

「鷲鼻」のことを指して言うのに鷲(eagle)にまつわる形容詞 aquiline を持ち出して an aquiline nose と表現したりすることがあります。


これら bovine, aquiline はそれぞれ cattle-like, eagle-like と言えば済むところを動物にまつわるラテン語由来の形容詞を用いて表しています。


Paul Hellweg, The Insomniac's Dictionary: The Last Word on the Odd Word(Facts on File, 1987, pp.57-63)はこうした

184 unique "animal-like" adjectives

の一覧を提供してくれます。


このリストは land animals, birds, marine animals, insects の4つに分類されており、なかには、bat-like や roach-like に相当する形容詞も見つかりまして、なかなか楽しめます。


(追記)

ちなみに、bat-like, roach-like はそれぞれ vespertilian, blattid と言うそうです。

なお、bovine は牛を表すラテン語 bōs から、aquiline は鷲を表すラテン語 aquila から、vespertilian は夕べを表すラテン語 vesper から、blattid はアブラムシを表すラテン語 blatta からそれぞれ来ています。というか、ラテン語がまるまる透けて見えますね^^;



posted by 石崎 陽一 at 02:28 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

group nouns for animals


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動物の群れを表す語が英語は豊かです。

a group of sheep を a flock of sheep と、

a group of horses を a herd of horses と、

a group of wolves を a pack of wolves と

言うなどは、多くの人にとってなじみ深いのではないでしょうか。


さらに、

a group of lions を a pride of lions と

言うなんてことも知っている人もいるでしょう。


また、「めだかの学校」という童謡に親しんだ人は、

a group of fish を a school of fish と

言うことがあると耳にして嬉しく思った経験があるかもしれません。


では、a gathering of eagles や a group of rhinoceroses は何と言うでしょう?


Paul Hellweg, The Insomniac's Dictionary: The Last Word on the Odd Word(Facts on File, 1987, pp.47-50)はこうした興味に答えてくれる一覧を提供してくれます。


本書では、動物の群れを表す語(group nouns or collective nouns)のうち、特に

sixty of the more unusual

に絞って紹介されており、なかなか楽しめます。


(追記)

ちなみに、a gathering of eagles は a convocation of eagles と、a group of rhinoceroses は a crash of rhinoceroses とそれぞれ言うことがあるのだそうです。



posted by 石崎 陽一 at 01:59 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

2016年03月30日

英語の前置詞の選択に対する古典語の影響


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R. A. Close, English as a Foreign Language(George Allen & Unwin, 1981, p.164)より備忘のため引いておきます。


The Latin prepositions − ab(=from), ad(=to), cum(=with), de(=from), ex, e(=from, out of), and the Greek sym(=with)− absorbed into English words as prefixes, tend to attract the English prepositions which are supposed to be equivalent in meaning. Thus: absent from, adhere to, communicate with, different from, exempt from, sympathize with.



posted by 石崎 陽一 at 10:24 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

2016年03月27日

probability scales


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中野清治『英語の法助動詞』(開拓社、2014年)では「参考までに複数の研究者の見解」(p.18)に基づき、


命題の実現度を表す助動詞を、その蓋然性(probability)(=命題が成立する可能性)の高いものから順に並べた(p.17)


スケールを掲げ、それは


直説法の否定文をいちばん下に置いたとき、その間に存在する断定できない事柄に対し、話者の側での確信度に程度差(gradient)があることを示すものである(p.17)


と述べています。


以下にその probability scales を再現しておきます。


a.Imai et al.(1995):
will/would − must − ought to − should − (can)/could − may/might

b.G大:
must − will − would − ought to − should − can − may − might − could

c.Allsop(1987):
will − must − should − may − might − could − couldn't − can't/needn't − won't

d.Close(1975):
must − will − would − ought to − should − can − could − may − might



なお、may と might については、a の Imai et al.(1995)のみが程度差を認めていません。


この点に関し、『上掲書』(p.92)は might に


話者が命題についてその成立の「可能性」を判断したり、発話内容に対して遠慮がちに推量しているという気持ちを伝えたりする用法


があり、


今日では、話者のそのような控えめな気持ちを明確に示さずに、単なる「可能性」を表す may(現在形)の代わりとして用いられる傾向にある。


と述べ、


これらの用法、つまり、過去形であるのに現在・未来の意味を表す用法は、すべて subjunctive mood(仮定法 = 叙想法 = Though Mood)とみなせる。


と結んでいます。


なお、荒木一雄『講座・学校英文法の基礎 別 巻 語法研究法/総索引』(研究社出版、1985年、p.102)は


この種の順位づけには母国語話者の間で判断の食い違いが見られる。しかし、一つの見本としては有用であろう


と穏当な見解を表しています。


(追記1)

上の略記された書物の正式な書名を以下に掲げておきます。

Imai et al.(1995):
今井邦彦・中島平三・外池滋生『エッセンシャル現代英文法』(研究社、1995年)

G大:
小西友七・南出康世(編)『ジーニアス英和大辞典』(大修館書店、2001年)

Allsop(1987):
Jake Allsop, Cassell's Students' English Grammar(Cassell Publishers, 1987)

Close(1975):
R. A. Close, A Reference Grammar for Students of English(Longman, 1975)


(追記2)

『上掲書』(Ibid.)ではG大に拠って法助動詞も話し手の確信度によって大まかに示してあります。

ことばを確率の数値で表すのは危険がありますが、参考にはなります。

@50%ないしそれ以下:
possibly, conceivably, perhaps, maybe

A50%以上90%くらいまで:
likely, presumably, doubtless, probably

B90%以上:
inevitably, necessarily, definitely, unquestionably, certainly, undoubtedly

cf. 推量(中略)の助動詞との共起が可能な法助動詞:

could [will, may, might] possibly / should [will, may] probably / will [must] certainly



(追記3)

関連記事はこちら。

might の感じ




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had better


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中野清治『英語の法助動詞』(開拓社、2014年、p.198)より備忘のため書き留めておきます。


had better は(中略)打ちとけた口語では、発音するとき had はほとんど聞こえない。better 1語で代用することもしばしばある。had better は、古い英語では ‘were better’(=it would be better)の形であったのが、後に、were の代わりに had が用いられるようになったものである。OED はこの had を ‘would have’ と解している。すなわち、We had better go. = We would have it better to go. と考えられる(中略)。文脈に応じて、must/should/would be wise [sensible, advisable, etc.] to などと置き換え[書き換え]ることができる。

OALD は、現在の状況でなすべき最善の行動について用いる、という。渓谷から忠告・勧奨・提案までを含む幅広い意味がある。ときには脅迫の意味にもなるので、I think, perhaps 等を先行させて表現を和らげる。



(追記1)

大塚高信『英文法論考 − 批判と實踐』(研究社、1952年、p.183)によれば、I had better はI had rather の analogy で近代英語に入ってできたもので、15世紀以前には見られません。変遷の詳細は『上掲書』(pp.179-84)を参照。

(追記2)

Michael Swan, Practical English Usage(Oxford University Press, 2005, p.225)より引きます。

Note that had better does not usually suggest the action recommended would be better than another one that is being considered − there is no comparison. The structure means 'It would be good to...', not 'It would be better to...'.

(追記3)

浅川照夫・鎌田精三郎『新英文法選書 第4巻 助動詞』(大修館書店、1986年、p.104)より引きます。

had better は文の内容に対する話者の判断を表し、would rather は文の主語の願望を表す。

(追記4)

植木五一『現代英文法講座 第四巻 動詞(下)』(研究社、1968年、pp.39-40)に詳述があります。



posted by 石崎 陽一 at 13:32 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

have to と have got to ['ve got to]


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have got to ['ve got to] について、中野清治『英語の法助動詞』(開拓社、2014年、pp.193-4)より備忘のため書き留めておきます。


have to のほうは客観的で、習慣的な意味でも使うことができるが、have got to は主観的な意味が強く、ただ一度の行為についてしか用いられない点で、must と似ている。実際、多くの場合、have got to は have to よりも口語的で、must で置き換えることができる。(中略)なお、have to のほうがやや改まった言い方だといわれるのは、have got to のもつ主観性と関係があるのかもしれない。


(追記)

宇賀治正朋『英語史』(開拓社、2000年、pp.312-3)は have got to について

● 特に形式ばらない(informal)文で用いられることが多い

● 根源的意味と認識的意味の両方を表す

● have to は恒常的、習慣的なことについて用いられるのに対し、have got to は一時的なことを述べる際に用いられる傾向が強い

● 過去時制で用いられることはほとんどない

● 非定形すなわち不定詞、分詞(現在分詞、過去分詞)で用いられることは通例ない

といった特徴を記しています。


posted by 石崎 陽一 at 13:25 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

will が「習性・性向・傾向・現在の習慣」を表す場合


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中野清治『英語の法助動詞』(開拓社、2014年、p.133)は


習慣を表す would がすべての人称で用いることができるのに対し、will の場合は3人称に限られる。


として


Oil will float on water.(油は水に浮く)


という用例を挙げ、


Oil floats on water. とも言えるが、will を用いると実験に基づく予測可能性が強調される。実験不可能な真理、あるいは自然法則で繰り返される出来事には、単純現在を用いる(The sun rises [*will rise] in the east.)。


と述べています。



posted by 石崎 陽一 at 13:13 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

2016年03月13日

仮定法現在の使用にまつわるノート


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Bergen Evans and Cornelia Evans, A Dictionary of Contemporary American Usage(Random House, 1957)はアメリカ英語における仮定法現在のある時期までの使用状況を概説していて便利です。

同書の出版された1950年代中頃およびそれ以前における状況については次のような記述がなされています。

拙訳を添えて再現します。


In the United States until very recently, a present subjunctive was used in subordinate clauses expressing doubt or uncertainty, as in I wonder whether it be wise and however hard he work. Previously, this subjunctive had included everything one was not absolutely certain about, as in I think the king be stirring. Today, we use an indicative unless we want to emphasize the doubt. And if we want to emphasize it, we use one of the auxiliaries, such as may be.

アメリカでは、ごく最近に至るまで、I wonder whether it be wise. や however hard he work のような例文に見るように、疑いや不確かさを表す従属節において、仮定法現在が用いられていた。以前は、この仮定法現在は、I think the king be stirring. という例文に見るように、しかとは確信がもてないような事柄に関する表現ならどんなものにでも用いることができたが、今日では、疑いの気持ちを強調したいような場合を除いては、直説法が用いられるし、疑いの気持ちを強めたい場合でも、may be のように、法助動詞のいずれかを用いて表現することが多い。


(追記)

『上掲書』(pp.483-6)は subjunctive mode という項目を立てて英語における「法」を解説しています。(「法」を mood ではなく mode と言っている点も目を引きます。)

Many languages have special forms of the verb, called subjunctive forms, which must be used when one is speaking about what is conceivable rather than about what actually is or has been, about the ideas rather than about events. The forms of the verb used in speaking about actual facts are called indicatives. English frequently uses an indicative where other languages would use a subjunctive. But the indicative cannot be used everywhere, even in Eglish. Under certain circumstances, we must use a subjunctive form of the verb or else one of the auxiliary verbs that have a subjunctive meaning.(pp.483-4)

「法」を special forms of the verb(または one of the auxiliary verbs that have a subjunctive meaning)と言い切っているのが明快です。

(なお、the auxiliary verbs that have a subjunctive meaning については、

they express what is desirable or conceivable rather than what really is(p.484)

と追記されています。)

さらにこの先では、special forms of the verb が3つ紹介されています。(下線は現筆者による。)

The English verb has three forms that are used in a subjunctive sense.(中略)The first, called the present subjunctive, merely shows that what is being talked about is an idea and not a fact. The second, called the past subjunctive, stresses the uncertainty or improbability of a statement. The names of present subjunctive and past subjunctive are misleading, because in modern English there is no time difference between these forms. Instead, they express different degrees of certainty. Both refer indefinitely to the present or the future. The third form, the past perfect, refers to the past.




posted by 石崎 陽一 at 11:49 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

2016年02月07日

help oneself to という表現における to について


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「[何々] を自由にとって飲食する」を表す表現に

help oneself to [何々]

という言い方があります。

例えば「ピーナッツをご自由にお取りください」であれば

Help yourself to some peanuts.

となるというわけです。

この表現は、たいてい、代名詞の単元のもとに置かれ、

「他動詞+ oneself」の慣用表現

として片づけられることが多いようです。

生徒から、

なぜ help oneself to[何々] の表現で to を用いるのか

という疑問が出されました。

小さなことも「とりあえず覚えてしまおう」で済ませず、根本的なところから見直していく姿勢は重要です。

疑問をもつことが何かのきっかけになる場合が多くあるからです。


以下に私なりの回答を記したいと思います。


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posted by 石崎 陽一 at 17:26 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

「the +比較級」を含む表現にまつわるノート


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先日の授業で関西学院大学の入試問題(2012年2月実施)を扱いました。


中国の白小易(はく しょうい)による超短編小説です。


ある家を訪れていた父娘の居る部屋で魔法瓶が勝手に落ちます。

父親は主人に、自分のせいだと嘘をつきました。

不審に思う娘に、こう答えます。(下線は現筆者による。)


"That won't do, girl. It sounds more acceptable when I say I knocked it down. There are things which people accept less the more you defend them. The truer the story you tell is, the less true it sounds."

仕方がないのさ。触って落としてしまったんです、と言ったほうが通りがいいんだよ。弁解すればするほど信じてもらえなくなることが世の中にはある。話が本当であればあるほど、嘘のように聞こえてしまうんだよ。



さて、この下線部の構造について、皆さんならどうお考えになりますでしょうか?

前後の脈絡から文意は取れると思いますが、文構造を説明するのは難しいとお感じになるかもしれません。

今回はいくつかの文献を援用しながらその説明を試みてみたいと思います。


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posted by 石崎 陽一 at 11:37 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

2016年01月11日

something good が good something の語順でない理由


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慶應大学の堀田隆一先生が運営されている「hellog〜英語史ブログ」は日頃から多くを学ばせていただいているウェブサイトです。

今回は something good の語順について書かれた記事に興味を引かれました。

この記事では、something good が good something の語順でない理由として

(1)フランス語やラテン語からの影響

(2)sum þing neowes といった、古英語末期より見られる、後ろに -es 属格を伴う構造を母型とする発展

(3)強勢パターンの要請


の3つの視点が考慮されるべきだと指摘されています。


posted by 石崎 陽一 at 13:40 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

2016年01月01日

分裂文(いわゆる it-that の強調構文)における it および that の用法


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慶應大学の堀田隆一先生が運営されている「hellog〜英語史ブログ」は日頃から多くを学ばせていただいているウェブサイトです。

分裂文(いわゆる it-that の強調構文)における it および that の用法について、その質疑応答欄でのやりとりに興味を引かれました。

備忘のため書き留めておきます。


質問

分裂文(型が it is 〜that…)における、it、そして that の用法は何なのでしょうか?


回答

分裂文(いわゆる強調構文)の発展や、要素間の統語的一致の推移については、複雑な経緯と種々の説があり、一言では説明できません。相当するものは古英語からあり、主語には it のみならず that やゼロ形が用いられていました。現代英語における分裂文という現象を、共時的な観点にこだわらず、あえて通時的な観点から分析するのであれば、that は関係詞であり、it はその先行詞であると述べておきたいと思います。つまり、"It is father that did it." という例文でいえば、「それを為したところのもの、それは父です。」ということになります。人でありながら中性の it を用いるのも妙な感じはしますが、"Who is it?" の it などからも理解できると思います(古英語でも同じでした)。ところが、後に "It is I that am wrong." にみられるように、that の先行詞は文頭の It ではなく直前の I であるかのような一致を示すに至りました。以上。取り急ぎ、かつ粗々の回答です。


(追記)

後日、記事でも取り上げられています。

強調構文の発達 --- 統語的現象から語用的機能へ



posted by 石崎 陽一 at 22:06 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

2015年12月30日

部分を表す語句を主語に据えた場合の述語動詞の呼応のさせ方


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次のような質問を頂戴しました。


「私たちは誰も、チェスで太郎に勝ったことがない」の英訳例が、ある本では次のようになっています。


None of us have ever defeated Taro at chess.


none of us は単数扱いではないでしょうか?

have ではなく has としたほうが良いのではないのかと思うのですが…。



以下に私なりの回答を記したいと思います。


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posted by 石崎 陽一 at 10:48 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする
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