2016年11月13日

what は関係詞か疑問詞か


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what が関係詞か疑問詞かについて、安藤貞雄『基礎と完成 新英文法』(数研出版、1987年、p.344)より備忘のため書き留めておきます。


両用法の区別はかなり微妙で、文脈と場面がないと、どちらとも決定できない場合がある。しかし、以下の基準が一応の目安となる。


ⓐ 〈質問・疑念・不確かさ・好奇心〉などを表す主節に続く場合、100パーセント疑問詞である。

Ask him what he has done.
(何をしたのか、彼に聞いてみなさい)


ⓑ 疑問詞には強勢があるが、関係詞にはない。

I don't remember whát he said.[疑問詞]
(彼が何といったか覚えていない)

I don't remember what he said.[関係詞]
(彼がいったことを覚えていない)


ⓒ 疑問詞には else をつけることができるが、関係詞の場合はできない。

Ask him what else I can do.[疑問詞]
(ほかに何をしたらいいか、彼に聞いてみなさい)

I will do what I can do.[関係詞]
(私は自分にできることをします)



(追記)

『ジーニアス英和辞典 第4版』(大修館書店、2007年、p.2173)は

共起する動詞の意味が1つの目安となる

として次のような分類を試みています。

a)ask, inquire, wonder などの質問・疑問の意味を含む動詞に続く場合は通例疑問詞

b)know, see, find, remember, tell などの認識・知覚・記憶・発言などの意味を含む動詞に続く場合は両者の解釈が可能

c)do, eat, give, believe などの動作や行為の明確な対象を求めるような動詞に続く場合は通例は関係詞



posted by 石崎 陽一 at 20:05 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

continue to do と continue doing


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田中実『英語構文ニュアンス事典』(北星堂、1988年、pp.46-7)に

continue to do と continue doing の使い分けについて言及があります。

それによりますと、

彼が彼女に銃を向けている間、彼女は1万円札を数え続けた。

という意味を表す場合、

While he held a gun on her, she continued counting out 10,000-yen bills.

のように「continue + 動名詞」を用いて訳すのが適切だと指摘されています。

すでに、「お金を数える」という行為が実際に進行中のことが、文脈から明らか

なのがその理由で、

「すでに継続中の動作」については continue に to 不定詞を後続させるのは容認される可能性はやや低いとされています。

一方、

彼女は彼にもう来ないで、と言ったのに、彼は最初、彼女の言うことを無視して、とにかく彼女のところへやって来つづけた。が、とうとう、それもやめた。

の意を伝える際、

(She told him not to visit her any more.) At first he ignored her and continued to visit anyway.(Finally the visits stopped.)

のように「continue + to 不定詞」を用いて訳すのが適切です。

というのも、ある動作が

異なる期間にわたって、繰り返しおこなわれたが、とうとう、それも終わってしまった

という場合には to 不定詞を用いるのがふさわしく、

逆に動名詞を用いると、

ある特定期間の動作の反復が示される

ため、上のような文脈にはなじまないからだと指摘されています。


(追記)

関連記事はこちら。

begin to do と begin doing


posted by 石崎 陽一 at 09:11 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

2016年11月12日

The bottle floated under the bridge. の意味は?


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『英語の構文150』(美誠社)は鷹家秀史先生の手による現行版のほか、高梨健吉先生の手による版、岡田伸夫先生の手による版ともに、ずっと愛好している書物です。

とりわけ、岡田伸夫先生による Second Edition(2003年)は標題のような「自動詞+到着点・方向を表す句」(pp.44-5)の項のほか、

She pushed the ball into the hole. のような「他動詞+目的語+到着点・方向を表す句」(pp.46-7)の項が類書にない特徴のひとつであり、有益です。


(追記)

岡田伸夫『英語教育と英文法の接点』(美誠社、2014年、pp.97-103)に詳述があります。


posted by 石崎 陽一 at 23:15 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

John is as tall as any of his friends. の表す内容


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岡田伸夫『英語教育と英文法の接点』(美誠社、2014年、p.45)は

John is as tall as any of his friends.

という文は

「ジョンがどの友人と比べても、その人より背が低いということはない」

すなわち、

「同じかそれより高い」

という意味であると喝破しており、爽快です。


(追記)

John is as tall as Mary. という文と John is as tall as any of his friends. という文との意味の違いを、『上掲書』(pp.45-7)では、Grice の協力の原則とそれに基づく会話の含意によって説明されています。


posted by 石崎 陽一 at 23:03 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

「動詞 + 目的語」と「have + 目的語 + 過去分詞」


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自分以外の人があることを実行する場合に「動詞 + 目的語」が使われることがあります。

岡田伸夫『英語教育と英文法の接点』(美誠社、2014年、pp.92-3)は

最終的な決定権をもつ人が決定したことが慣行的にそのまま実行に移される場合には、最終的な決定権をもつ人が実行したとみなされる

ため、

豊臣秀吉が大阪城を建てた。

という日本語には何もおかしいところはないと指摘します。

さらに、

Chris cut her hair at the salon on University Avenue.

という英文を例に挙げ、

髪を切るか切らないかを決定するのは客のクリスであり、美容院の店員ではありません。ですから、クリスがはさみで自分の髪を切っていなくても

この文を使うことができると述べています。





posted by 石崎 陽一 at 22:53 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

クジラの構文と I wish I were a bird. の出典


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八木克正『斎藤さんの英和中辞典 − 響きあう日本語と英語を求めて』(岩波書店、2016年、pp.3-4)において、興味深い事実が明らかにされています。

俗称「クジラの構文」 A whale is no more a fish than a horse is.(クジラは魚でないし馬は魚でない。クジラが魚だと言うならば馬だって魚だ)は主にイギリスの19世紀の啓蒙書の中で繰り返し現れる言い方であり、

仮定法の例文に見られる I wish I were a bird. はアメリカの詩人 Daniel Augustus Drown(1823-1900)の詩集 Fragrant Flowers: And Other Poems(1860)に収められたある詩(1823)のタイトルと冒頭の一行なのだそうです。

『上掲書』より和訳とともに冒頭の4行を引いておきます。


I wish I were a bird,
All beautiful and bright,
My liquid notes most clear and pure,
Should wake the morning light; ...

(もしも私が小鳥なら/すべて明るく美しく/私の心地よい調は澄みきり濁りなく/きっと朝の光を目覚めさす)



posted by 石崎 陽一 at 22:23 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

grammaring(文法力)


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大修館書店の専門誌『英語教育』12月号を編集部から送っていただきました。


そのなかで、慶應義塾大学の田中茂範先生が


最近、「文法を教える」から「文法力を鍛える」と表現を変えることで見えてくるものがガラッと変わるものだとつくづく感じている(p.27)


と記されています。


これを読みまして、

Teaching Language: From Grammar to Grammaring(Heinle, 2003)のなかで

Diane Larsen-Freeman 女史が次のように述べているのを思い出しました。(下線は現筆者による。)


For the purpose of teaching and learning a language, I suggest that it would be better to think of grammar as a skill or dynamic process, something that I have called grammaring, rather than as a static area of knowledge.(p.24)

Grammaring is the ability to use grammar structures accurately, meaningfully, and appropriately. To help our students cultivate this ability requires a shift in the way grammar is traditionally viewed. It requires acknowledging that grammar can be productively regarded as a fifth skill, not only as an area of knowledge.(p.143)


grammaring は、さしずめ、「文法力」と訳せましょう。


posted by 石崎 陽一 at 22:03 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

2016年10月02日

thanks to について(その2)


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主として英語の基本的な単語が、英語に入っていつどのように変化したかを示すことに主眼がある


とされる Oxford Dictionary of English Etymology(Oxford University Press, 1969, p.914, s.v. thank)において、

thank の原義は favor であると示されています。

(なお、now only pl. thanks という注意書きも付せられています。)


また、Longman Advanced American English Dictionary(Pearson Japan, 2013, p.628, s.v. favor)は第1語義に help というサインポストを示し、thank を


something that you do for someone in order to help or to be kind to him or her


と定義しています。(下線は現筆者による。以下同様。)


さらに、ある英英辞典は次のように定義しています。


a grateful feeling or acknowledgment of a benefit, favor, or the like, expressed by words or otherwise



さて、少し前のことです。


(独)Dank seiner Arbeit hat er genug Geld zum Leben.
(英)Thanks to his work, he has enough money to live.
With the help of his work he has enough money to live.



上の対応を考えていまして、ふと頭に疑問が浮かびました。

この場合の thanks は副詞的対格(そして to his work は Curme, Syntax(D.C.Heath & Co., 1931, p.109)のいうところの prepositional dative)だと考えられると思うのですが、

それでは、


(1)favor という原義が thanks to の句の中に化石的に残っており、thanks 自体は「御蔭で、力添えによって」の意となるのでしょうか?


しかし、そうだとしますと、


(2)同じ prepositional dative の例で、a help to beginners や helpful to me ですと、help の影響が to をまたいだ目的語に及ぼされる格好になっていますけれども、thanks to の場合は to をまたいだ目的語に伝わるのは「御蔭、力添え」(favor)の意なのでしょうか、それとも「感謝の念」なのでしょうか、それとも、両方なのでしょうか?


(3)ドイツ語の前置詞 dank は三格以外にも二格を支配しますが、古英語で thank にあたる動詞は三格支配のほか、二格支配もあり得たのでしょうか?

(もし二格支配もあり得たとすれば、名詞 thanks に後続する要素として thanks of ... を想定することが可能に思われ、可能だとすると、thanks は「御蔭で、力添えによって」の解釈に落ち着くように感じた次第です。)


う〜ん、気になります^^ ;

この件につきまして、博雅の士のご教示をお待ち申し上げております。


(追記1)

記事冒頭の「主として英語の基本的な単語が、英語に入っていつどのように変化したかを示すことに主眼がある」との評言は加島祥造『英語の辞書の話』(講談社学術文庫、1985年、p.155)より引きました。


(追記2)

thank の原義である favor は次の表現に残存していることが見えます。

thank someone for changing one's life
誰かのおかげで自分の人生が変わったことに感謝する

thank you
ありがとう、感謝します、お蔭様で


また、『ウィズダム和英辞典』(2007年、三省堂、p.215)の「おかげ」の項には

ご家族の皆さまはお元気ですか。
How's your family?

はい、おかげさまで皆元気にやっています。
They're all fine, thank you.


という例が示され、

この場合は相手が主治医などでない限り通例 Thanks to you, they're all fine.とはいわない

と注記されています。


(追記3)

大塚高信編『新英文法辞典』(三省堂、1959年、p.293)においては、dative case(与格)とは

授与・利害・影響などの働きを受ける格

であり、

「関与」を表現するのがその根本の機能であった

と述べられています。

また、『上掲書』(p.296)の dativus sympatheticus(交感与格)の項では、

元来与格には所有の意味がある。(中略)属格で所有が表現されると、直接的・理知的・事務的であるが、与格を用いると間接的・感情的・印象的である。この用法はインド・ヨーロッパ語族には古くからあった(後略)

と述べられています。


(追記4)

関連記事はこちら。

独英比較文法:「位置の影響力」の有無

現代ドイツ語(そして古英語)の名詞のもつ四つの格

現代ドイツ語の三格の形と現代英語の前置詞 to との関係

古英語の与格(現代ドイツ語の三格)と現代英語の前置詞 to の関係


posted by 石崎 陽一 at 09:12 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

thanks to について(その1)


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河合茂『新英文法槪説』(開隆堂出版、1948年、pp.23-4)は Nouns without Singular の項において


若干の Nouns はその Plural forms のみが用ひられ Singular forms は一般に使用しない


と述べ、thanks を例のひとつに挙げています。


そして、細江逸記『精説英文法汎論 第一巻』(泰文堂、1940年、p.430)は Edith Wharton, Her Son より訳文を添えて次の一節を引いています。


But after all it was thanks to Mrs. Brown that she had found her son.(だが何と言つても顔所が子息を見附けたのはブラウン夫人で[ママ]御蔭であつた)


また、Francis Stuart, The Bridge からは


Then there was this new indication that the darkest hour was over. And it was thanks to her.(それに最惡の時は過ぎてしまつたといふ此新しい兆しがあつた。そしてそれも彼女の御蔭であつたのだ)


の箇所を挙げた上で、thanks は

副詞對格なのである

と述べています。


この点、小西友七『英語の前置詞』(p.@)によれば「英文法シリーズ」の 19.『前置詞(下)』は個々の前置詞の歴史的研究ですが、

その『前置詞(下)』(特製版第3集、p.2242)では


thanks to は my thanks to 〜 などの表現から発達したもので「(助けなどの)お陰で」の意


とされていますが適否は如何でしょう。


(追記)

慶應大学の堀田隆一先生が運営されている「hellog〜英語史ブログ」は日頃から多くを学ばせていただいているウェブサイトです。

その10月2日付の記事で現代英語における thanks to の用法について述べられています。

thanks to


posted by 石崎 陽一 at 09:06 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

our drunken old alphabet


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マーク・トウェインは『ハックルベリー・フィンの冒険』などの著者として有名なアメリカの文豪です。

彼は不規則な英語の綴りを our drunken old alphabet と形容しています。

さて、こうした綴りの不規則性には歴史的な理由があります。

寺澤盾先生は『英語教育』の2016年10月増刊号(p.48)においてそう述べ、さらに進んで次例をその一つとして挙げておられます。

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2016年09月24日

do so, do it, do that


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do so, do it, do that の使い分けについて、Martin Hewings, Cambridge Grammar for CAE and Proficiency(Cambridge English, 2009, p.185)より備忘のため書き留めておきます。


We can use a form of do so to replace a verb and the word or phrase that follows it to complete its meaning:

When asked whether they intended to offer holidays in Africa, TransWorld Adventures said they had no plans to do so.do so = offer holidays in Africa)

He planned to go to Australia this year, but now that he has lost his job he has little chance of doing so.doing so = going to Australia)


We can use do so where the verb describes an action, but avoid it with verbs that describe states and habitual actions:

We went down the river by boat, and saw a lot of wildlife while doing so.

Some people didin't enjoy the hard work, but I did.(not but I did so ...)

Do so is mainly used in formal contexts. Less formally, we use do it or do that with a similar meaning:

We put up our tents by the side of the river. We did that at about four o'clock every afternoon. or formally We did so ...


We use do(rather than do so)in informal English, especially after modals or perfect tenses:

'Do they provide all the equipment?' 'They should (do).'

'Could you have gone to Thailand instead?' 'Yes, I could have (done).'

We can often leave out do.


(追記)

関連記事はこちら


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2016年09月03日

古い叙想法が衰退し、代わりに叙実法が用いられるようになった大きな理由


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古い叙想法が衰退し、代わりに叙実法が用いられるようになった大きな理由として、細江逸記『動詞叙法の研究』(泰文堂、1933年、pp.148-9)は


近代人の考へ方が、昔の人の考へ方よりは著しく具体的、現実的になり、抽象的、想念的な言方は成るべくこれを避け、仮令現実界を離れた想念上の事柄でも、前後の関係がこれを許し、誤解を起させる憂の無い場合には、仮りに其事柄を一先ず現実として受入れ、その上に立つて陳述なり議論なりを進める様になつたからであると考へる。而して、今日実際の場合に於いて、叙想法を用ひた場合と叙実法を使つた場合との間に、効果の上から見てその意味するところに何等言ふに足る差異無く、何れを用ひても事実上不都合の生じない


という鋭い見解を示しています。


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過去なくして現代はあらず、現代の英語を明らかにしようとするには、しばしば過去の英語を説かなければならない。否、厳密にいうならば過去の英語から由来変遷の跡をたどらずに、現代英語の真相をは握しようとするのは無理である。

細江逸記『英文法汎論 新版』(篠崎書林、1971年、p.13)


私は英語の歴史を知る(勿論浅学ではあるが)故に、又、言語の現状を説く上にはその歴史が極めて大切であって、厳密に言ふならば、その歴史をよそにしてこれを説くことは極めて危険であり、且、その歴史を参照して説くのが最も妥当適切であると信ずる(中略)即ち Jespersen の標語たる “on historical principles” といふことを徹底させんと欲する

細江逸記『動詞叙法の研究』(泰文堂、1933年、p.10)


吾々は言語の歴史を究め、過去より現在への変遷移行の跡を繹ね、そこに貫通する脈絡を把握しなくてはならない

細江逸記『動詞叙法の研究』(泰文堂、1933年、p.55)



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2016年08月31日

英語の前置詞、副詞、動詞・副詞結合とドイツ語の分離動詞


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英語の前置詞、副詞、動詞・副詞結合とドイツ語の分離動詞について、前島儀一郎『英独比較文法』(大学書林、1987年、p.59)が簡にして要を得た記述を提供しています。備忘のため書き留めておきます。


前置詞の最古層は場所の副詞に遡り、これより原由・時間の副詞が生じた。かかる副詞が後に動詞より離れて名詞と密接な関係を有するに至って、遂に現今のような前置詞となった。英語の Verb-Adverb Combinations《put up, set out 等 − A. G. Kennedy の用語》やドイツ語の分離動詞はその中間過渡的過程にあるものと解することができる


posted by 石崎 陽一 at 11:06 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

2016年08月30日

In a place, or at it?


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arrive in a place か arrive at a place かの選択について、 R.A.Close, English as a Foreign Language: Grammar and Syntax for Teachers and Advanced Students(George Allen & Unwin, 1981, p.23)より備忘のため書き留めておきます。


An aeroplane flying round the world can be said to stop at Tokyo, at New Delhi, at Athens, at London, on its way to New York; and we can say in the smallest villages if that is the world we live in. But let us be careful not to make more rules out of these 'exceptions'. It is a fact (of which we can be certain) that we often use at with capital cities on air routes and in with villages when we are living in them; but a more fundamental point (of which admittedly we cannot be certain but which would make sense of both 'normal' and 'exceptional' usages) might be that we tend to associate at with what we imagine at the time of speaking to be a point, and in with what we imagine to be a space....


posted by 石崎 陽一 at 09:45 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

2016年08月29日

形容詞を基礎とする冠飾句(Nominalklammer)


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現代ドイツ語において、名詞の前に冠せられる形容詞は、時とすると、その形容詞をまた修飾する副詞その他がともなって、それらが一つの長い形容句をなすことがあります。


(独)ein 50 Jahre alter Mann
(英)a man 50 years old
(日)50歳の男性

(独)ein mir unbekannter Komponist
(英)a composer unknown to me
(日)私の知らない作曲家

(独)die nur für gelernte Arbeiter verwendbaren Werkzeuge
(英)the tools only for skilled workers
(日)熟練した労働者のみが使いこなせる道具


上の太字部分を、関口存男は、たとえば『関口・初等ドイツ語講座』(三修社、1972年、p.313)において

冠せて修飾するから冠飾句

と規定しました。

冠飾句は、名詞を修飾する語句がどんなに長くなっても、1個の長い形容詞とみなして、名詞の前に置くため、本来名詞と最も密接な関係にある冠詞がはるかかなたに離れてしまう現象です。

慣れないと複雑難解な印象を抱くかもしれませんが、上例に明らかなように、日本語でも長短に関係なく修飾語を被修飾語の前に置いていますよね。

むしろ、長めの形容詞句を名詞の後にまわす英語のほうが奇異と言えば奇異と言えます。

ちなみに、英語でも、ドイツ語を学んだ英国の批評家 Thomas Carlyle などにこうしたドイツ語風の句法がまれに見いだされると前島儀一郎『英仏比較文法』(大学書林、1961年、p.148)は述べ

Under the to me unmeaning title(私には意味のない称号のもとに)

という例を、彼の作品から挙げています。(太字は現筆者による。)

また、

この句法はドイツ系移民の出である米作家 Dreiser に時々見られる

と指摘していますが、現代英語でも

an easy to use computer system application

のようにハイフンなしで複数語を名詞の前に配置する言い方を見かけますね。


(追記1)

高田博行・新田春夫 編『講座ドイツ言語学 第2巻 ドイツ語の歴史論』(ひつじ書房、2013年、p.48)は、ドイツ語以外

他の西ゲルマン語でも冠飾句は可能だが、使用頻度は高くない

と述べ、

オランダ語では冠飾句はあるが、あまり好まれず、(中略)修飾句全体を英語のように名詞に後置することがある

としています。

また、

ドイツ語は書きことばで広範に冠飾句を用いるが、これには、語尾の保持以外に、近世の文法家による規範化の努力と16世紀以降の官庁語(Kanzleisprache)での使用という外的要因もあるだろう

と指摘しています。


(追記2)

本記事における冠飾句の用例および一部記述は福田幸夫『ドイツ語は英語とどう違うか』(郁文堂、1975年、p.40)に負っています。


posted by 石崎 陽一 at 05:58 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

than と then の関係


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前島儀一郎『英仏比較文法』(大学書林、1961年、p.150)は


英語の than は「それから」(then)とも関係のある語で、出発点としての場所の副詞を予想する。《cf. 日本語「より」》


と指摘しています。


なお、『研究社英語語源小辞典(デスク版)』(研究社、1970年、p.437)は


現在の than, then の形の区別が確立したのは1700年以後のことである


としています。


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2016年08月19日

古英語の与格(現代ドイツ語の三格)と現代英語の前置詞 to の関係


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G.O.Curme は Syntax(D.C.Heath & Co., 1931)において次のように述べています。


Where an object after verbs governing the dative, such as thank, help, injure, please, displease, believe, threaten, oppose, serve, advise, etc., was felt as completing the meaning of the verb, the old dative has been displaced by the accusative. Thus we say today 'He thanks his friend,' not 'He thanks to his friend.' 'The teacher helps the beginners,' not 'The teacher helps to the beginners.'(p.104)


The dative is well preserved(中略)in other categories where there is no competition between accusative and dative, as after nouns and adjectives. After nouns made from verbs which in oldest English governed the dative or which by virtue of their meaning would have governed the dative if they had been in use, the dative construction is well preserved, and indeed has experienced an extensive development beyond its original boundaries: 'The teacher helps (in Old English, with dative, now with accusative) the beginners,' but 'a help to beginners.'(中略)The dative is also well preserved after adjectives: 'He was helpful to me.'(p.105)


なお、この a help to beginners における to beginners や helpful to me における to me を Curme が prepositional dative(前置詞与格)と呼んでいたことは前回の記事で触れた通りです。


(追記)

関連記事はこちら。

同格の「格」について、など


posted by 石崎 陽一 at 14:44 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

現代ドイツ語の三格の形と現代英語の前置詞 to との関係


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現代ドイツ語(そして古英語)の名詞のもつ四つの格」と題する先の記事で

(独)Ich schenke dem Onkel das Bild.
(英)I present the picture to the uncle.

という例を紹介しました。

こうした、英語の「前置詞 to +名詞」がドイツ語の「三格の名詞」に対応している例には、ほかに

(独)Diese Bücher gehören mir.
(英)These books belong to me.



(独)Er ist seiner Frau treu.
(英)He is true to his wife.

といったものが挙げられます。

前者は動詞の例、後者は be 動詞の補語に用いられている形容詞と to の例です。

英語の「前置詞 to +名詞」がドイツ語の「三格の名詞」に対応しているこのような場合、この「前置詞 to +名詞」のことをG.O.Curme は Syntax(D.C.Heath & Co., 1931, p.109)において prepositional dative(前置詞つき与格)と呼んでいます。

(与格とはドイツ語文法でいう三格にあたります。)


(追記)

関連記事はこちら。

同格の「格」について、など


posted by 石崎 陽一 at 14:21 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする

現代ドイツ語(そして古英語)の名詞のもつ四つの格


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三好助三郎『独英比較文法』(郁文堂、1975年、pp.36-7)より備忘のため書き留めておきます。(一部改変;改行、太字の一部、下線は現筆者による。)


ドイツ語の名詞には次のように4つの格がある。

(1)一格(主格) Nominativ (nom.) … が、は(the)
(2)二格(属格) Genitiv (gen.) … の(of the)
(3)三格(与格) Dativ (dat.) … に(to the)
(4)四格(対格) Akkusativ (acc.) … を(the)

これらの4つの格にはいろいろな意味、用法があるが、さしあたり一格は主語を、二格は所属関係を、三格は間接目的語を、四格は直接目的語を意味し、日本語の「が、の、に、を」に当たるものと憶えていただきたい。

例えば der Onkel の4つの格を示すと次のようになる。


(独)Der Onkel ist reich.
(英)The uncle is rich.

(独)Das Haus des Onkels ist da.
(英)The house of the uncle is there.

(独)Ich schenke dem Onkel das Bild.
(英)I present the picture to the uncle.

(独)Ich liebe den Onkel.
(英)I love the uncle.

古英語では、ドイツ語と同じように、格によって名詞の形態も変り、やはり4つの格をもっていた。その後名詞の語尾変化が消失して、主格、与格、対格は同じ形態をもつようになり、現代英語の一般文法では、与格と対格は統合せられて目的格(objective case)といわれている。(中略)このように英語では、ドイツ語より格が1つ少いのであるが、これを補うために語順が厳格になっており、或いは前置詞が発達して、属格は of、与格は to(中略)によって表される傾向が、ますます強くなっている。


(追記)

関連記事はこちら。

同格の「格」について、など


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独英比較文法:「位置の影響力」の有無


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福田幸夫『ドイツ語は英語とどう違うか』(郁文堂、1975年、pp.22-3)より備忘のため書き留めておきます。(改行は現筆者による。)


英語の名詞には格を示す形態はなくなっている。わずかに所有格を示すapostrophe s があるのみであるが、この適用は若干の例外を除けば人間を意味する名詞に限られている。従って文中における格関係はその名詞の置かれている位置(特に動詞の前か後か)や前置詞の助けをかりて表わされる。

ドイツ語では名詞の格表示機能そのものは確かにロシア語やラテン語に比べれば不完全であり、むしろ英語に近いといえるが、名詞の前に来る冠詞類の語尾の助けをかりているので、かなりの程度に格を表示出来る特性を保有している。

従って、文中における名詞の位置は格の決定に際して英語のような役割は果たさない。

例えば英語の The farmer killed the dog. という文においては farmer が主語であるが、この farmer の主格性はこの語が動詞 killed の前にあるという文中に占める位置によって決定されるのである。同様に dog の目的格性は動詞 killed の後にあるという事実によって示されている。従って、両者の位置を変換して The dog killed the farmer, とすれば dog が主格になり、farmer が目的格になるから当然、文の意味も変わってしまう。

ところが、ドイツ語では Der Bauer tötete den Hund. において Bauer を主格(1格)、Hund を目的格(4格)と解するのは動詞の前後という位置ではなく、それぞれの名詞の前についている冠詞 der, den の格表示機能によっている。その証拠に両者の位置を交換しても Den Hund tötete der Bauer. となって、英語の場合とは異なり、文のニュアンスの差を除けば、一文の意味するところに変わりはない。何故ならばこの場合 Bauer は定冠詞 der によりあくまでも主格であり、同様に Hund は den により依然として目的格であることが表示されているからである。



(追記)

『現代英語学辞典』(成美堂、1973年、p.1007)より引いておきます。

語順の有意味性は、いうならば、アラビア数字の位置による有意味性にもたとえられるものである。アラビア数字の右端から2番目は10位、3番目は100位を表す(cf. 234, 324, 432)。


posted by 石崎 陽一 at 11:57 | Comment(0) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする
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