2013年07月23日

古英語の世界を少しだけ(その2)


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次の引用は10世紀に古英語(後期西サクソン方言)で訳された「主の祈り」(The Lord's Prayer(Matthew vi, 9-13))の冒頭部分です。

(なお、翻訳の底本には原典ではなくラテン語訳「ウルガタ聖書」の手写本が用いられました。)

Fӕder ūre, þū þe eart on heofonum, sīe þīn nama ġehālgod,

まず、逐語訳を試みます。


(拙訳(逐語訳))

Father our, thou that art in heavens, be thy name hallowed,


1語1語を近代英語に置き換えてみましたが、どうにも語順がめちゃくちゃですよね。

でも原文では格変化がきちんと文中での単語の相互関係を示しているため理解に混乱が起きにくいのです。

名詞、代名詞、形容詞、冠詞が、性、数、格(文中で果たす文法的役割)の区別を示すために複雑に変化する。

動詞の語形も、主語の人称(person)と数(number)、時制(tense)、法(mood)、態(voice)の区別を示すために複雑に変化する。


これが古英語の文法の大きな特徴です。

(こうした複雑な語形変化は現代英語ではほぼ完全に消えてしまいましたが、現代ドイツ語にはいまだに残存しています。)

格変化の具体的詳細については以下の解説をご覧いただければ幸いです。


では、翻訳で内容を確認しておきましょう。新旧織り交ぜて以下に掲げます。

Fӕder ūre, þū þe eart on heofonum, sīe þīn nama ġehālgod,

(1985年の英訳)

Our father in heaven,
may your name be held holy,



(1611年の欽定訳)

Our father which art in heauen, hallowed be thy name,


(1380年の英訳)

oure fadir that art in heuenes, halowid be thi name,


(カトリック訳)

天にまします我らの父よ、願わくは、み名の尊まれんことを、


(プロテスタント訳)

天にましますわれらが父よ、願わくは、み名をあがめさせたまえ


1985年の英訳は The New Jerusalem Bible から採りました。

1611年の欽定訳は、一般に The Authorized Version または King James Bible と呼ばれているものです。

お気づきのように、この『欽定訳聖書』では u と v の使い方が現在とは異なっています。

語中なら u が、語末なら v が使われるのですね。

1380年の英訳は John Wyclif(c. 1330-84)によるもので、The Wyclif Bible から採りました。

1380年と言いますと、この「ウィクリフ派聖書」は後期中英語で書かれているわけです。


(発音と文字)

Fӕder ūre, þū þe eart on heofonum, sīe þīn nama ġehālgod,

古英語の発音はラテン語と同様、だいたい母音はローマ字読みで構いません。

ただし、ӕ は現代英語 cat [kӕt] の [ӕ] のように読みます。

(ӕ という文字自体は ash と呼ばれています。)

また、ē や ā のように、母音の上についている記号は、その音が、長音であることを示す記号で、マクロン(macron)と呼ばれていますが、

古英語のもともとの写本や稿本には付いておらず、後世になって、説明のために付けられたものです。

黙字はありませんので、綴字はすべて読んで結構です。

たとえば、āgenne (=again) は [ɑːgennne] のように、n は二つとも、最後の e も、発音します。

子音では、þ (ð) は現代英語 thing の th の音 [θ] または this の th の音 [ð] を表しています。

なお、þ という文字自体は “thorn” と、ð は “eth” と呼ばれています。

ġ は現代英語の y の音です。

f は普通 [f] の音ですが、前後に母音または有声音の来るときは [v] と読みます。

以下に発音記号で転写します。

Fӕder ūre, þū þe eart on heofonum, sīe þīn nama ġehālgod,

[fæder uːre, θuː θe ɛərt on heovonum, siːe θiːn nama jehɑːlgod]


(解説)

Fӕder ūre, þū þe eart on heofonum, sīe þīn nama ġehālgod.

■ Fӕder ūre は呼びかけ。逐語訳すれば father our です。ūre は形容詞強変化男性主格形。ūre はまだ対格(ūrne)、与格(ūrum)と変化形をもっていました。

なお、Fӕder ūre はラテン語では pater noster となっています。現代英語で paternoster と言えば「主の祈り」の意です。

■ þū eart は逐語訳すれば thou art すなわち you are です。þe は関係代名詞。eart は bēon ‘be’ の二人称単数直説法現在形。先行詞 þū に呼応しているというわけです。

■ on heofonum は逐語訳すれば in heavens です。古英語では、現代英語で in, into を用いるところに on が用いられていました。(in の意味(場所指示)のときは後に与格の名詞を、into の意味(方向指示)のときは対格の名詞をとっていました。ドイツ語では今日でもそうです。)なお、heofonum の単数形は heofon です。

■ ġehālgod はġehālgian の過去分詞。逐語訳すれば hallowed です。hāl の派生語で、whole, holy, hale, heal, health, Halloween などと関連があります。

■ sīe þīn nama ġehālgod は祈願文(「〜であらんことを」の意)になっています。逐語訳すれば be thy name hallowed すなわち be your name hallowed です。sīe は bēon ‘be’ の仮定法現在形。


(追記1)

ルター訳では

Unser Vater in dem Himmel! Dein Name werde geheiligt.

となっています。


(追記2)

永嶋大典『英訳聖書の歴史』(研究社、1988年、p.143)によると、「20世紀は16世紀と並ぶ聖書翻訳の時代」でした。


(追記3)

ラテン語訳「ウルガタ聖書」について、『世界言語槪説 上巻』(研究社辞書部、1955年、p.459)より引きます。(漢字は新字体に、仮名は現代仮名遣いに改めてあります。)

キリスト教は最初は微々たる存在であって、主として下層階級の間に布教され、ギリシャ語を知らない民衆のためにギリシャ語で書かれた聖書を翻訳する必要があった。これは文学語で行ったのでは意味がないので、先ず卑俗な民衆の言葉に訳されたのである。


(追記4)

林哲郎『英語学素描』(九州大学出版会、1983年、pp.115-93)に「『主の祈り』の原典と英訳文献」と題する論文が収められています。


(追記5)

本記事の執筆に際し、以下の文献を参照しました。

J.R. Clark Hall, A Concise Anglo-Saxon Dictionary(Cambridge University Press, 1976)
Henry Sweet, Sweet's Anglo-Saxon Primer Revised by Norman Davis(Oxford: Clarendon Press, 1965)
市河三喜『古代中世英語初歩』(研究社、1955年)
永嶋大典『英訳聖書の歴史』(研究社、1988年)


(追記5)

中島平三 監修・斎藤兆史 編『シリーズ朝倉〈言語の可能性〉10 言語と文学』(朝倉書店、2009年、p.28)より引きます。

英国中世期は、おおよそ5世紀中頃から1500年頃までを指すが、いわゆる「ノルマン征服」(The Norman Conquest, 1066年)を分水嶺として、それ以前を中世前期、それ以降を中世後期と呼ぶことが多い。英語史の分野では、中世前期に対しては古英語期、中世後期に対しては中英語期という名称を用いる。


(追記6)

関連記事はこちら


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2013年07月21日

17世紀の英語を少しだけ


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英国の叙情詩人 Robert Herrick(1591-1674)による作品に以下の一節があります。


Gather ye rose-buds while ye may,
 Old Time is still a-flying:
And this same flower that smiles today,
 Tomorrow will be dying.

まだ間に合ううちに、薔薇の蕾を摘むがいい−
 昔から時間は矢のように飛んでゆくものなのだから。
ここに咲いているこの花も今日は微笑んではいるが、
 明日には死に果ててゆくにきまっている。



これは1648年の一篇におけるファースト・スタンザです。

この時代、二人称複数代名詞主格に ye が用いられていました。

第1行は命令文ですが、主語を動詞の次につけ、命令の指定を強めています。

また、当時、still は always(絶えず、常に)の意を表し、

may は can の意で使われていました。

(第1行の may の直後には gather rose-buds が省略されています。)

a-flying は in the act of flying の意を表しています。


(追記1)

a(-)〜ing の形について、大塚高信『シェイクスピア及聖書の英語』(研究社、1967年、pp.153-4)より引きます。(漢字は新字体に、仮名は現代仮名遣いに改めてあります。)

-ing 形の前につく “a(-)” は OE の “on”(=in 又は on)に当たる前置詞の転訛したもので、現代英語の “abed,” “afoot” “ashore”などの接頭辞 “a-” に相当する。シェイクスピア時代には、聖書もそうであるが、次の語と離して書いて居た。(中略)be 動詞と結合したこの “a(-)” は後には脱落して、所謂進行形となったが、進行形の起源がこの形にあるか、それとも古代英語時代から行われた “be + present participle” にあるかは学者間に議論のあるところで、Jespersen など初めはヂェランドの方にあるといっていたが、後には現在分詞の方にもあって、結局両者が amalgamate したものであろうといって居る。

それはさておき、“a(-)〜ing” の形が結合する動詞は現代英語でも、限られて居る、例えば “burst out,” “fall,” “set,” “send,” “start,” “begin,” “be busy,” “go,” “come”のように。シェイクスピア時代とそれは必ずしも一致はしないけれども、シェイクスピア時代にも動詞の種類は限定されて居た。(中略)最も多いのは “go,” “come” のような運動を示す動詞であった。



(追記2)

a(-)〜ing の形について、河合茂『英文法概論 復刻版』(明倫出版、1988年、pp.423-4)より引きます。(漢字は新字体に、仮名は現代仮名遣いに改めてあります。)

state, condition 或は action を示す Preposition として使用せられて来た on が Verbal Substantive の前にも使用せられるに到ったことから生じたもので、元来の用法からいえば Mod E の on wait, on sale, on loan, etc. の phrase に於ける onの用法と同じである。(後略)

而して其の後 on、或は其の weakened form なる a- が Aphesis によって omit せられてからは、此 Preposition の Object であった Verbal Substantive は Present Participle であると考えられるに到ったものである。然し a- を有する(中略)例は現今に於いても南方方言とか、英国並に米国の vulgar speech には使用せられてゐる。


Aphesis とは「頭母音消失」を指していう語です。


(追記3)

この詩は Robert Herrick の詩集 Hesperides(1648)中の一篇です。

本文と翻訳は平井正穂 編『イギリス名詩選』(岩波文庫、1990年、pp.64-5)より引用しました。

なお、齋藤勇『イギリス文学史 改訂増補第五版』(研究社、1974年、p.183)では old Time を「『時』のじいや」と訳しています。


(追記4)

still の語義については『英語語源辞典(縮刷版)』(研究社、1997年、p.1351)を参照しました。


(追記5)

Robert Herrick について、齋藤勇『イギリス文学史 改訂増補第五版』(研究社、1974年、pp.182-3)より引きます。

Puritanism 全盛の時代にも、Catholics や Anglicans のみならず、宗教にはあまり関心のない詩人たちも、割拠していたこと、また孤高な Milton とは甚だしく異なる種類の詩人もいたことは、いうまでもない。

Ben Jonson には弟子が少なくなかった。彼らは tavern に集まって、彼を文壇の大御所(Dictator)にまつり上げた。多くは廷臣または王党であり、そして抒情詩人であったから、彼らは ‘cavalier’ lyrists と呼ばれている。その作には恋愛詩が多い。この才人たち(wits)は、‘Carpe diem’(今日を捕えよ)(中略)と昔から言い古されたことを継承するかのように、

Gather ye rose-buds while ye may,
Old Time is still a-flying.

と享楽をうたった。そしてこれはおそらく第17世紀中最も popular であった。(中略)

Robert Herrick(1591-1674)は、Ben Jonson の弟子であり、宮廷人と交わったが Devonshire の牧師となり、Commonwealth 時代に職を奪われてロンドンに出たけれども、宮廷人となったことがないから、厳密には ‘cavalier’ ではない。



(追記6)

命令文において、主語を動詞の次につけるという辺りの記述は細江逸記『英文法汎論』(篠崎書林、1993年、p.149)に基づいています。

なお、堀田隆一先生のブログにおける次の記事も参考になります。

Mind you の語順

How d'ye do?




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2013年06月03日

古英語の世界を少しだけ(その1)


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次の引用は古英語の英雄叙事詩 Beowulf の冒頭の一節です。

この作品は、従来、一般には西暦8世紀に作られたとされています。

(なお、8世紀の日本では『古事記』や『日本書紀』が成立していますね。)

現存する唯一の写本は原作より約250年後(1000年頃)のもので、大英図書館に保管されています。

では、早速目を通してみましょう。


1-3行目
Hwӕt, wē Gār-Dena in geārdagum,
þēodcyninga þrym gefrunon,
hū ðā ӕþelingas ellen fremedon.


…さて、当時の英語をご覧になって、どのような感想を持たれたでしょうか。

そもそも文字からして今の英語とは様相を異にしていますし、

現代英語に対応語を見いだすことのできる語も少ないですね。

私たちが通常知っている英語とは似ても似つかず、未知の言語のように思えたのではないでしょうか。

これが、古いドイツ語の一方言だった時代の英語の姿の一例なのですね。

渡部昇一・ピーター・ミルワード『物語英文学史』(大修館書店、1993年、pp.12-3)において、渡部先生も次のように証言なさっておられます。


わたしは最初古英語をやろうと思ったときにとても遠く感じました。いわゆる現代英語をやってから中英語(Middle English)に入り、そのかなたに古英語があるという感じだったんです。ところが、たまたまわたしはドイツへ留学させられて、OE(古英語)の権威の先生につけられた。ところが、そこのセミナーの学生たちにはOEがいちばん易しいんですね。本当にドイツの一方言という実感を持って読んでいる。

(中略)

本当に実感としてOEがわかる。例えば、セミナーでディスカッションしていて、ある単語が出てきます。そうするといろんな学生が、うちのほうの田舎ではこれはこういう意味ですと、それと同根(cognate)の関連ある単語を出すんですね。




Beowulf.JPG

(クリックすると拡大します)


古英語の発音や文法等、さらに知りたい方には、市河三喜『古代中世英語初歩』(研究社、1955年)の一読をお勧めします。

ここでは、あくまでも参考までに、上記の箇所の拙訳(逐語訳)に加えてその翻訳を新旧織り交ぜて以下に掲げ、簡単な解説を付しておきます。


1-3行目
Hwӕt, wē Gār-Dena in geārdagum,
þēodcyninga þrym gefrunon,
hū ðā ӕþelingas ellen fremedon.


(拙訳(逐語訳))

What! we Spear-Danes' in your-days
kings of the people's glory have heard of
how the athelings (deeds of)courage have performed.



1語1語を現代英語に置き換えてみましたが、どうにも語順がめちゃくちゃですよね。

でも原文では格変化がきちんと文中での単語の相互関係を示しているため理解に混乱が起きにくいのです。

名詞、代名詞、形容詞、冠詞が、性、数、格(文中で果たす文法的役割)の区別を示すために複雑に変化する。

動詞の語形も、主語の人称(person)と数(number)、時制(tense)、法(mood)、態(voice)の区別を示すために複雑に変化する。


これが古英語の文法の大きな特徴です。

(こうした複雑な語形変化は現代英語ではほぼ完全に消えてしまいましたが、現代ドイツ語にはいまだに残存しています。)

格変化の具体的詳細については以下の解説をご覧いただければ幸いです。


では、翻訳で内容を確認しておきましょう。


1-3行目
Hwӕt, wē Gār-Dena in geārdagum,
þēodcyninga þrym gefrunon,
hū ðā ӕþelingas ellen fremedon.


(厨川文夫訳;1941年)

聽け! その昔(かみ)の、槍のデネたち、民草を統べ給ひし君々の御稜威(みいつ)、さてはそれらの君達が武勳を樹(た)て給ひけることのありさまは、語り傳へて我等が耳に達せり。


(忍足欣四郎訳;1990年)

いざ聞き給え、そのかみの槍の誉れ高きデネ人(びと)の勲(いさおし)、民の王たる人々の武名は、
貴人(あてびと)らが天晴れ勇武の振舞をなせし次第は、
語り継がれてわれらが耳に及ぶところとなった。



(発音と文字)


1-3行目
Hwӕt, wē Gār-Dena in geārdagum,
þēodcyninga þrym gefrunon,
hū ðā ӕþelingas ellen fremedon.


古英語の発音はラテン語と同様、だいたい母音はローマ字読みで構いません。

ただし、ӕ は現代英語 cat [kӕt] の [ӕ] のように読みます。

また、ē や ā のように、母音の上についている記号は、その音が、長音であることを示す記号で、マクロン(macron)と呼ばれていますが、

古英語のもともとの写本や稿本には付いておらず、後世になって、説明のために付けられたものです。

黙字はありませんので、綴字はすべて読んで結構です。

たとえば、āgenne (=again) は [ɑːgennne] のように、n は二つとも、最後の e も、発音します。

子音では、þ (ð) は現代英語 thing の th の音 [θ] または this の th の音 [ð] を表しています。

なお、þ という文字自体は “thorn” と、ð は “eth” と呼ばれています。


(解説)


1-3行目
Hwӕt, wē Gār-Dena in geārdagum,
þēodcyninga þrym gefrunon,
hū ðā ӕþelingas ellen fremedon.


■ Dena は数と格は複数・属格ですから、Gār-Dena は全体として「槍のデンマーク人たちの」(Spear-Danes')の意です。

■ Gār- は次の Dena の添え名(epithet)で Dena と複合語を成しています。古英詩のように頭韻を基礎とする詩形の場合、同じ意味を異なる音で始まる幾多の語で表す必要が生じてきます。この場合、Dena の好戦的な性質、赫々たる武勇の誉れを表す Gar- を用いていますが、こうした合成語の第一要素は頭韻のためで、あまり意味はないのですね。Beowulf ではデンマーク人に言及する場合が非常に多いため、デンマーク人はこの他にも「輝くデネ」などの異名を持っています。なお、Gar- は現代英語の garlic に残っています。garlic は古英語の gӕrleac から来ており、gӕrleac は ‘gar-leek’ つまり「槍葱」が原義なのでした。

■ geārdagum の数と格は複数・与格で、「過ぎし日々、昔」(yore-days, days of yore)の意です。日本語の「往時」が「過ぎ去った時、昔」を表すのと似ていますね。

■ þēodcyninga の数と格は複数・属格で、「民の王の」(kings of people's)の意です。

■ cyning の語源を述べれば、cynn + -ing と分けられます。古英語の cynn は「家族・種族・一族・一門」の意であり、-ing は「〜の息子」の意です。よって、cyning は「一族(cynn)の息子(-ing)」というのが原義でしたが、ここから「一族の代表的男子・総領」という意味に用いられるようになりました。古代ゲルマン人の社会は部族社会であり、その部族の長が cyning だったのですね。古代において「一族」と認識されたのは、名家とか名門とか呼ばれた血族集団です。このように部族社会のあるところ、一門意識のあるところ、その血族意識に基づく中心人物はキングなのです。日本で言えば、八幡太郎義家などは源氏という一族(kin)の棟梁(-ing)でした。つまり源氏のキングです。同様に清盛は平家という一族(kin)の棟梁(-ing)、つまり平家のキングだったと言うことができます。

■ þrym の数と格は単数・対格で、「武名」(glory)の意です。

■ gefrunon の数と時は過去・複数で、「〜について耳にした」(have heard of)の意です。古英語では今なら現在完了で表される内容も過去形で表されていました。

■ hū の用法について述べれば、この疑問副詞 hu は Henry Sweet の言う Conjunctive Adverb で、間接疑問を導く使い方です。

■ ðā の品詞は指示代名詞、数と格は複数・主格で、「それらの」の意です。古英語では、指示代名詞は定冠詞としても人称代名詞としても用いられていたのでした。

■ ӕþelingas の数と格は複数・主格で、「君主」(athelings, princes)の意です。古英語の ӕþeling は “ӕþel(代々の所領、一所懸命の地)+-ing” から成ります。よって、「御領主様」が原義です。なお、ӕþel は現代ドイツ語の Adel(貴族、高貴さ), edel(貴族の、高貴な)に残っています。昔の貴族が土地持ちだったことを考えれば自然な語義の推移と言えるでしょう。元来地名を示す前置詞の von が貴族の名前の記号になったのと同じことです。なお、「高貴な」の語義のほうは現代英語の edelweiss(エーデルワイス)の下線部にも見られます。

■ ellen の数と格は単数・対格で、「勇武(の振舞)」([deeds of]valor)の意です。同じく単数・対格である þrym と同格の関係にあります。

■ fremedon の数と時は過去・複数で、「為した」(have performed)の意です。古英語では今なら現在完了で表される内容も過去形で表されていました。


(追記1)

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(追記2)

叙事詩(epic)について、芹沢栄『イギリス文学の歴史』(開拓社、1990年, p.3)より引きます。

長い物語詩の一種で、崇高荘重な韻文によって、歴史や伝説に現れる神々や英雄的人物の行為・行績を扱う長詩である。元来 epic は、原始的起源を有するもので、たえず口伝(くでん)による変更を受けながら伝承されて、次第に増大し、ついに叙事詩形式として凝固したものである。epic には2種類がある。(1)原始的叙事詩:(例)ホーマーの『イリアッド』、『オディセ』や『ベイオウルフ』など、(2)文学的叙事詩:(例)ミルトンの『失楽園』など。


(追記3)

大英図書館に所蔵されている写本はホームページで実物を見ることもできます。(こちらをクリック。)


(追記4)

アングロ・サクソン時代にはプロの詩人が(時としてハープを奏でつつ)Beowulf を吟じていました。

王の館にて、一種の娯楽として、自らの諳んじたものを、武人たちに対して、披露していたのです。

その様子を再現した映像が YouTube にアップされています。

Benjamin Bagby 氏によるパフォーマンスです。(氏のサイトはこちらをクリック。)





(追記5)

本記事の執筆に際し、上記のほか、以下の文献を参照しました。

J.R. Clark Hall, A Concise Anglo-Saxon Dictionary(Cambridge University Press, 1976)
George Jack ed., Beowulf:A Student Edition(Oxford University Press, 1994)
C.L. Wrenn and W.F. Bolton eds., Beowulf:with the Finnesburg Fragment(University of Exeter Press;3rd edition 1988)
Fr. Klaeber ed., Beowulf and the Fight at Finnsburg Supplement(D.C. Heath & co;3rd edition, 1936)
Michael Alexander ed., Beowulf:Old English Edition(Penguin Classics, 1995)
厨川文夫訳『ベーオウルフ』(岩波文庫、1941年)
忍足欣四郎訳『中世イギリス英雄叙事詩 ベーオウルフ』(岩波文庫、1990年)
市河三喜『古代中世英語初歩』(研究社、1955年)
渡部昇一『英語語源の素描』(大修館書店、1989年)
渡部昇一『英語の語源』(講談社現代新書、1977年)


(追記6)

中島平三 監修・斎藤兆史 編『シリーズ朝倉〈言語の可能性〉10 言語と文学』(朝倉書店、2009年、p.28)より引きます。

英国中世期は、おおよそ5世紀中頃から1500年頃までを指すが、いわゆる「ノルマン征服」(The Norman Conquest, 1066年)を分水嶺として、それ以前を中世前期、それ以降を中世後期と呼ぶことが多い。英語史の分野では、中世前期に対しては古英語期、中世後期に対しては中英語期という名称を用いる。

なお、福原麟太郎 編『英語教育事典』(研究社、1961年、pp.154-5)に詳述があります。


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2012年08月09日

18世紀の英詩を読んでみませんか(その1)


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いま、『ガリバー旅行記』で有名なジョナサン・スウィフトが定期刊行物 The Tatler(1709年4月30日付)に発表した A Description of the Morning(朝のロンドンの風景)を読んでいます。

皆さんも一緒に読んでみませんか。


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18世紀の英詩を読んでみませんか(その2)


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その1からの続きです。


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18世紀の英詩を読んでみませんか(その3)


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以上、2回にわたってこの A Description of the Morning という詩を読み進めてきましたが、今回はこの詩について俯瞰的に述べておきたいと思います。


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2012年01月10日

中英語の世界を少しだけ


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次の引用はチョーサー(c.1343-1400)のカンタベリー物語、総序の詩からの一節です。

皆さんも一緒に読んでみませんか。

*************************
*************

And specially from euery shires ende
Of Engelond to Caunterbury they wende,
The hooly blisful martir for to seke,
That hem hath holpen whan that they were seeke.

(ll.15-18)
(逐語訳)
そして殊に州の隅々から
英国の カンタベリーへと彼らは赴く
聖なる恵み深き殉教者を求めて
彼らを助けてくれた 病んでいた時に

(西脇順三郎訳)
とくにイギリスでは、どの州のはてからも、カンタベリの巡礼を思いたち、病気をいやしてくだされた、聖トマスの参詣に出かけるのだ。

*************************
*************

いかがでしょう。今から600年ほど前の英語ですが、意外と読めることに驚かれたのではないでしょうか。

このように2行ずつ脚韻を踏んでまとまっていく詩を heroic couplet と言います。

では、以下に行単位で少し細かく見ていくことにしますが、特に現代英語との絡みに注目してみます。

15-16行目
And specially from euery shires ende
Of Engelond
■ euery は現代英語の every です。vはuと綴られていたのですね。今ではwという文字の読み方に「ダブルu」として残るのみです。

■ euery shires は現代英語の every shire's(of every shire)です。「名詞の所有格」は「of +名詞」に置き換えられます。

■ よって、euery shires ende of Engelond は the end of every shire of England と読むことができます。

16行目
to Caunterbury they wende,
■ wende は3人称複数現在の形 wenden からnが脱落したもの。

ちなみに、現代英語の go の過去形 went はこの動詞の過去形から来ています。

■ to Caunterbury they wende は they go to Canterbury ということです。リズムを整えるために語順が変更されています。

17行目
The hooly blisful martir for to seke,
■ for to は現代英語の in order to に相当します。seke は seek ですが、ここでは visit くらいの意味にとっておきます。

■ the hooly blisful martir は the holy blessed martyr ということで、Thomas à Becket(1118-70)のことを指していると考えられています。

Thomas à Becket はカンタベリーの大僧正。時の英国王 Henry U と合わず、ついに刺客のために寺院の祭壇の前で殺害されました。聖徒に列して St. Becket と称されています。

■ the hooly blisful martir for to seke は in order to visit St. Becket ということです。ここでもリズムを整えるために語順が変更されています。

18行目
That hem hath holpen whan that they were seeke.
■ 行頭の that は the hooly blisful martir を先行詞とする関係代名詞です。

■ hem hath holpen は has helped them ということ。チョーサーは主格には they を使っていましたが、目的格には hem という th- のない形を使っていました。

なお、目的格の hem は現代英語でも 'em という形で残っています。600年も前の口調でずっと残っているわけですね。

■ whan that の that は接続詞の後に置かれる、意味のない置き字。この頃、リズムを整えるために挿入されていました。

■ seeke は現代英語の sick です。

■ that hem hath holpen whan that they were seeke は who has helped them when they were sick ということです。


(追記1)

西脇順三郎氏の訳は『カンタベリ物語(上)』(ちくま文庫、pp.7-8)から採りました。

(追記2)

大塚高信『シェイクスピア及聖書の英語』(研究社、1967年、p.143)より引用します。(なお、seesaa ブログの仕様上、漢字は新字体に改めてあります。)

元来 infinitive は目的を表す以外に多くの用法があったために目的を示す時には、特に“to”という前置詞をつけたのであったが、“to”をつけた infinitive が目的以外の場合にも使用せられることが多くなった。そこで、更に“for”を付して目的の観念を判然とさせる工夫が行われた。しかしこの“for to(go)”も、“to(go)”と同じように、目的以外の場合に使用せられる運命の道を辿り、前置詞の皆無な形(go)と“to”のついた形(to go)と“for to”のついた形(for to go)は、全く同じような場合に用いられることになった。チョーサーなどの中世英語にはこの最後の形が非常に多い。

(追記3)

『特製版 英文法シリーズ 第二集』(研究社、1965年、p.1775)より、“for to”のついた形の出自に関する言及を引用します。

これは現代フランス語で Je suis allé pour acheter du pain(=I went for[=to]buy some bread)と言うときの pour の古い形、当時の Norman French の por にまねて作られたものだと言われている。


posted by 石崎 陽一 at 00:45 | Comment(2) | 古い英語の世界 | 更新情報をチェックする

2012年01月09日

Readings in Early English


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University of Glasgow のサイトに Readings in Early English と題するページがあります。


このページでは Old English(古英語)、Middle English(中英語)、Early Modern English(初期近代英語)のテキストと音声が閲覧、再生できます。


私は古英語のページで the Anglo-Saxon Chronicle に触れ、紀尾井町の番町ハイムで大学院の先輩方から手ほどきを受けていた頃を思い出しました。


中英語のページでは the General Prologue to Chaucer's Canterbury Tales に触れ、学部での演習、そして大学院の入試を思い出しました。

当時、J.B.Bessinger,Jr. の朗読を先輩から録音させていただき、カセットテープ(!)がすり切れるくらい聞き込みましたっけ。


なお、いずれのページも「▲ play recording」という箇所を右クリックすることで「対象をファイルに保存」することができます。


(追記)

懐かしの J.B.Bessinger,Jr. の朗読を貼り付けておきます。





なお、この朗読の音声ファイルはこちらのページからダウンロードすることもできます。

左端の「Stream」欄の「VBR M3U」か「MP3 via M3U」のどちらかを右クリックすることで「対象をファイルに保存」することができます。


posted by 石崎 陽一 at 13:32 | Comment(0) | 古い英語の世界 | 更新情報をチェックする
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