2015年11月08日

川嶋正士『「5文型」論考』(朝日出版社、2015年)


「5文型」論考.JPG



川嶋正士『「5文型」論考』(朝日出版社、2015年)が届きました。

日本で英語教育を受けた人なら知らない人はいないほど普及している5文型ですが、誤解と謎に包まれていると指摘する本書は

英文法史研究の一環として英国における「5文型」の祖型の誕生までの経緯とその発達、そして消滅を考察するもの(p.@)

であり、

英国における成立から日本への伝搬と普及、学習指導要領への導入の歴史など多角的な視点から検証を加えるのを全体の目的とするもの(p.B)

です。

具体的には

19世紀末に生まれた『「5文型」の祖型』を用いて外国語の並行学習を提唱する Parallel Grammar Series, Part U を検証(腰帯)

した学術書であり、しばらく楽しめそうです^^



posted by 石崎 陽一 at 16:18 | Comment(0) | 英文法史 | 更新情報をチェックする

2013年08月09日

伝統文法の強さ


ha_254.jpg



英語の伝統文法を修めた日本人学生は、一般に、容易に他のヨーロッパ語を習得します。

この事実は広く体験されていることながら、必ずしも真剣な考察の対象になっていません。

伝統文法の強さに関して、渡部昇一『英語学史』(大修館英語学大系13、1975年、pp.505-6)は次のように述べています。


ラテン語、ギリシャ語、英語などは、それぞれ大変ちがったことばであるが、一方、彼等は依然として印欧語族に属し、共通の分析によって把握される面が多い。だからこそ、普通の日本人の学生も、中学や高校で一応、6年がかりで英文法をマスターした後は、他のヨーロッパの文法の概略は半年頃で把握するのである。日本の大学が第2外国語の文法を半年か1年であげるのも、学生の方が英文法をすでに知っているからである。(中略)伝統文法の強さは印欧諸語のどれにも、同じ基本的 terminology でアプローチでき、また分析できることである。


昨今、英文法の功罪が語られるとき、

学習者が他の欧州語を学ぶ際、英文法の知識が基礎となる

という視点を欠いているものがほとんどのように思われます。


(追記)

加藤恭子『英語を学ぶなら、こんなふうに』(NHKブックス、1997年、p.126)は、

“文法”は何のために

という小見出しの下、その目的の一つとして

第二、第三の外国語を学ぶときのためである。英文法の基本がわかっていれば、他のヨーロッパの言語に応用できる

と指摘した上で、フランス語学習における場合を引き合いに出しています。


posted by 石崎 陽一 at 03:12 | Comment(0) | 英文法史 | 更新情報をチェックする

伝統文法とは何か


ha_259.jpg



宇賀治正朋編『文法T』(英語学文献解題第4巻、研究社、2010年、p.E)に


伝統文法が何を指すかは必ずしも明確でない。しかしその中核部分は平易に説かれて長期にわたり教科として学校で教えられてきた。学校文法と呼ばれるものがこれである


とありますが、「伝統文法の本質は何か」ということに関するはっきりした見解として、

渡部昇一『英語学史』(大修館英語学大系13、1975年、pp.504-5)は


伝統文法というのは、アレキサンドリアの Dionysius Thrax で一応の完成をみたギリシャ文典、これをラテン訳した Remmius Palaemon, それを受けついだ Donatus, Priscianus, Alexander de Villa-Dei, 中世の思弁文典と千年以上も連続した伝統文法以外の何物でもありえない(少くとも西ヨーロッパでは)。そしてその文法の中心をなすのは品詞分類によるアプローチである。他のいかなるヴァリエーションがあっても、8品詞(一、二の増減はみとめる)を中心とした言語分析、品詞を前提とした文法、これを伝統文法というのである。Jespersen も Sweet も、Mätzner も Koch も伝統文法だと断言できるのは、それが8品詞を前提としているからである。(中略)あまりにも普通になって忘れてしまっている品詞分類こそが、伝統文法の言語分析法なのである。しかも極めてすぐれた分析法だったのである。


と述べています。

posted by 石崎 陽一 at 03:00 | Comment(0) | 英文法史 | 更新情報をチェックする

2013年01月04日

grammar と glamor


file0001943755509.jpg



Ronald Wardhaugh, Proper English(Wiley-Blackwell, 1999, p.38)より備忘のため書き留めておきます。


We find writing associated with magic. The original meaning of the word grammar has to do with writing and, by extension, book-learning. This learning also became associated with the occult. It led to the development of another variant of the word glamor with its meaning of“spell-casting power,”a meaning found today top some extent in a phrase like glamor girl.


関連して、渡部昇一『秘術としての文法』(講談社学術文庫、1988年、p.23)からも引いておきます。


文法の翼に乗って、われわれは空間的にギリシャに飛び、時間的には二千数百年タイム・マシンを逆転させ、プラトンやアリストテレスがさながら眼前にあるがごとくに対話することができるのである。これが魔術でなくて、いったい、何が魔術の名に値するだろうか。私が中学の最後の年にベーコンを読んだ体験は、規模こそとるに足りぬささやかなものであったにせよ、この魔法の世界をかいま見たことであったのだ。東北の田舎の中学生が、エリザベス朝のイギリスの大法官である大哲学者と対面したのだから。


posted by 石崎 陽一 at 11:05 | Comment(0) | 英文法史 | 更新情報をチェックする

2012年12月26日

規範文法再評価の潮流


file7301299698497.jpg



18世紀における英文法編纂の動機について、Joan C. Beal, English in Modern Times 1700-1945(London:Arnold, 2002, pp.89-90)より備忘のため書き留めておきます。(下線は現筆者による。)


Only very recently have a number of scholars, including Crowley(1991), Rodriguez-Gil(2002)and Tieken(2000), challenged this monolithic view of eighteenth century grammars, turning to the original texts and viewing them and their authors in the social and intellectual context of their time. What emerges from these studies is that eighteenth century grammarians had a range of motives for writing their grammars, and that these and later grammars, far from being uniformly‘prescriptive’, would be better described as occupying different points on a prescriptive-descriptive continuum.




続いては、Helmut Gneuss, English Language Scholarship:a survey and bibliography from the beginnings to the end of the nineteenth century(Binghamton, New York:Center for Medieval and Early Renaissance Studies, State University of New York at Binghamton, 1996, pp.31-2)より。


English grammarians, especially those of the eighteenth and nineteenth centuries, have been accused of employing prescriptive methods.(中略)Such sweeping judgements have gained popularity in histories of English and English grammar, but fortunately in the light of more recent scholarship, they have been revealed as anachronistic and in need of revision;more research needs to be done in this area.(中略)One also needs to consider the linguistic situation in the eighteenth century, as well as the aims of the grammars and the audiences for which they were intended:(中略)In future, it may seem more appropriate to speak of prescriptive tendencies rather than of prescriptive English grammar in the eighteenth century and later.


ここ10年あまり、規範文法に対する再評価の動きがたしかなものとなっています。

とりわけ「規範的英文法の祖」(『英語学人名辞典』(研究社、1995年、p.214))と目される Robert Lowth(1710-1787)の生誕300年を迎えた一昨年以降、盛り上がりを見せています。


posted by 石崎 陽一 at 02:52 | Comment(0) | 英文法史 | 更新情報をチェックする

2011年05月31日

英文法に対する誤解を解く



以前記したように、私は英文法史(特に18世紀)に関心があり研究を続けています。(そのときの記事はこちら。)


今回のエントリーではその過程で得た知見を活かし、英文法に対する誤解を解いてみたいと思います。


PA033887.JPG

PA033930s.jpg

PC194381.JPG

PC194382.JPG


実はつい最近、

今の英文法が使えないのは結局ラテン文法の枠組みに英語を無理矢理組み込んだことによる

という趣旨の発言を耳にしました。


ええ、まぁ、たしかに、英文法の発生期においてはラテン文法の枠組みに英語をはめ込んでいく努力がなされたのはありましたが、

規範文法(学校文法)の成立過程はこれとは逆にラテン文法から離れていくことでした。


すなわち、英語をラテン語化しようとしたのではなく、その逆にラテン文法を徹底的に英語化したのですね。


もちろん、枠組みや用語は当時「普遍的」とされたラテン文法のそれを用いるのですが、その内容はできるだけ英語の genius に近い形にもっていこうとする努力の過程。


それが英文法成立の歴史なのです。


46.JPG


発生期の英文法に関して、大塚高信博士は次のように述べておられます(下線は現筆者)。


Shakespeare が Stratford の grammar school に於て small Latin と less Greek を學んだといはれる1580年頃には、英語の文典なるものは存在して居なかつた。之はしかし Shakespeare にとつては幸運であつたと謂はなくてはならぬ。何故なら、後から出來た文典の性質より推して當時の文典を想像してみ、それによつて若し彼が art of writing English correctly をヘはつて居たとしたら、恐らく吾々は今日Hamlet にもMeasure for Measure にも接し得なかつたであらうと思ふ。それ程初期の英語文典は英語の genius を無視したものであつた。即ち單に Latin 文法の器に英語の酒を盛つたに過ぎなかつたのである。


ここにありますように、たしかに初期の英文典はラテン文法の模倣であり、英語の genius を無視しており、無理がありました。


しかし、16世紀の Bullokar や 17世紀の Ben Jonson に始まり、18世紀半ば以降、Dr.Johnson, Priestley, Lowth を経て、18世紀末、Murray により英文法が一応の完成をみるまで、約200年の間、英文法家はラテン文法の枠組みをできるだけ英語の genius に近づけようとしていました。


このように英文法はラテン文法の英語化に他ならないのですが、どうも誤解されているところがありますので筆を執ったという次第です^^;


(追記1)

ちなみに、上記の文法家たちがラテン文法の枠組みを棄てなかったのは、それにより他の言語も習得しやすいという利点があったからです。

また、たしかに規範文法(学校文法)のおかげで Shakespeare は出なくなりましたが、その代わり論理的に考え、ものを書く技術が発達し、エッセイなど散文が盛んになって、英国の文壇に色を添えることとなりました。

(追記2)

大塚高信博士の引用は『英文法論考』(研究社、1952年)所収の論考「W.Hazlitte の文典に就いて」(p.302)から行いました。


posted by 石崎 陽一 at 12:27 | Comment(0) | 英文法史 | 更新情報をチェックする

英文法成立の裏側


P5254983.JPG


意外に思われる方も多いと思いますが、英国において、英文法は18世紀半ばから急速にまとまってきました。

いわゆる規範文法(学校文法)です。

それはなぜかと言えば、英国社会が産業化のために流動的になってきたことと関係があります。

簡単に言えば、身分が動き始めた。

では、身分が動き始めたときに、出世するには何が重要かと言えば、それはきちんとした英語が書けることでした。

きちんとした手紙が書けることが労働者階級が中産階級に入る唯一の道だったからです。

そこで、英語にはそれまで権威ある英文法書がありませんでしたので、手本となるような英文法書を求めるニーズが急速に高まりました。

そしてそのニーズを満たすような英文法書が18世紀半ばに登場し、18世紀末に決定版が出て一世を風靡したのです。


posted by 石崎 陽一 at 12:25 | Comment(0) | 英文法史 | 更新情報をチェックする
ページトップへ戻る