2013年07月17日

スポーツ関連および薦められた書物のこと


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CROWN PLUS(level 3)の第12課を教室で扱うにあたっては以下の文献を通読しました。


仕事の読書とは言え、楽しみながら読み進めることができましたね^^


それまで知らなかったことを知る、とか、今までわからなかったことがわかる、とかいうのはやはり嬉しいものです。


● N.エリアス、E.ダニング 著・大平章 訳『スポーツと文明化−興奮の探求』(法政大学出版局、1995年)


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● 亀山佳明 編『スポーツの社会学』(世界思想社、1996年)


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● 坂上康博『権力装置としてのスポーツ』(講談社選書メチエ、1998年)


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あ、そういえば、先日の勉強会の席上、

このブログでも貴重で有益なコメントをくださっている

大阪の和泉先生からお薦めいただいた書物が何点か到着しました^^


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● Steven Pinker, The Stuff of Thought: Language as a Window into Human Nature

● Adele E. Goldberg, Constructions: A Construction Grammar Approach to Argument Structure

● Robert M. W. Dixon, A Semantic Approach to English Grammar

● John R. Taylor, Cognitive Grammar


夏休みがいまから待ち遠しいです^^

それでは、また。


(追記)

伊藤健三・伊村元道 編『英語教師の常識(U)』(大修館書店、1987年、pp.48-59, 154-5)に詳述があります。


posted by 石崎 陽一 at 20:30 | Comment(2) | 日々の授業 | 更新情報をチェックする

2013年07月07日

現実物(Realien)を考慮しつつ、書き手の意図に最も近いものは何であったかを探る姿勢が大切


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CROWN PLUS(level 3)の第11課に次の一節があります。(下線は現筆者による。)


On crossing over to Lombock, separated from Bali by a strait less than twenty miles wide, I naturally expected to meet with some of these birds again;


教室では下線部の解釈についてペアで確認してもらいました。

海上の話をしていますので、ここでの mile は「海里」を表すわけですが、

そこまで意識が至っていなかった生徒がそこそこいまして、

現実物(Realien)を考慮しつつ、書き手の意図に最も近いものは何であったかを探る姿勢が大切となる

ということを再強調するいい機会となりました。

ロンボク海峡の実際の幅は約35キロ(狭いところで約18キロ)ですから、

twenty miles を1マイル約1.6キロで計算すると合致しないのですね。

なお、less than については

less than 40 years(ほんの40年足らずで)

less than sixty years ago(ほんの60年前には)


などの用例を参照。


(試訳)

幅20海里ほどの海峡によりバリ島から隔てられているロンボク島へと渡ったとき、私はこの鳥にまた出会うものと、当然のように思っていた。


posted by 石崎 陽一 at 11:35 | Comment(0) | 日々の授業 | 更新情報をチェックする

形にこだわって読む


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CROWN PLUS(level 3)の第11課に次の一節があります。


... a nearly perfect gradation may be traced, from a beak extraordinarily thick, to one so fine, that it may be compared to that of a warbler ... Seeing this gradation and diversity of structure in one small, intimately related group of birds, one might really fancy that, from an original paucity of birds in this archipelago, one species had been taken and modified for different ends.


まず出だし、


a nearly perfect gradation may be traced





ほぼ完全な推移を辿ることができる


ほどの意、

完全に順を追って少しずつ変化しているということ。

次いでその変化の振れ幅が

from A to B(Aをはじめ、Bに至るまで)

の形で示されます。


from a beak extraordinarily thick, to one so fine, that it may be compared to that of a warbler


「to B」にあたる部分は so 〜 that の係り結びが含まれていますね。

「それほど〜」

「え、どれほど?」

「that 以下ほど」

という関係ですので、

どれほど fine なのか、fine の程度を表す

と解釈すればよいでしょう。

そしてまた


a beak extraordinarily thick(異常なほど厚いくちばし)


に対応するのが


one so fine, that it may be compared to that of a warbler


であることから、

one は a beak の代置

であり、

それに例えられるのはムシクイのくちばしでしょう、

that は the beak の代置

と考えるのが自然です。

以上から


one so fine, that it may be compared to that of a warbler


の部分は


ムシクイのくちばしに比されるほど細いくちばし


であり、第1文は全体として


異常に厚いくちばしをはじめ、ムシクイほどの細いくちばしに至るまで、ほぼ完全な推移を辿ることができる


と訳出することができるかと思います。

くちばしの大きさが種の間で完全な段階を追って変化していることを述べているのですね。



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複数の種において、差別も十分にわからぬ程度でくちばしが次第に異なっているさまを受けて次の第2文です。


Seeing this gradation and diversity of structure in one small, intimately related group of birds, one might really fancy that, from an original paucity of birds in this archipelago, one species had been taken and modified for different ends.


全体は


Seeing ..., one might ... fancy that 〜


と、分詞構文で切り出して主節につなぐ格好になっています。

主節の述語動詞が might fancy と仮定法過去の形になっていることに注目すれば、

分詞構文に if の心持ちが込められている

と捉えるのがよいでしょう。

主節の主語の位置にきている one は「だれでも」の意。

fancy は

根拠なく、または自分に好都合なことを考える

場合に用いる語ですから


Seeing ..., one might ... fancy that 〜





…を目にすれば、〜とだれでも思うだろう


の意に受け取ることができます。

さて、


one small, intimately related group of birds


のブロックは

one group of birds という骨組みに

small と intimately related という修飾語が絡んでまして


近縁の鳥の小集団ひとつ


というほどの意ですから、

これまでのところをまとめますと次のようになります。


近縁の鳥の小集団ひとつにおけるこうした推移と作りの多様性を目にすれば、〜とだれでも思うだろう


では、だれでも思うだろうとされているその中身ですけれども、こちらを見ていきたいと思います。


from an original paucity of birds in this archipelago, one species had been taken and modified for different ends.


節頭の from は judging from の from で


この諸島の鳥類が元来種類に乏しいことを考慮して


というほどの意でしょう。


one species had been taken and modified for different ends


の部分は


ひとつの種が選ばれ、種々の目的に合わせて変形を受けてきた


の意。

同一種類から変形して、異なった結果となったということでしょう。

以上から、第2文は


近縁の鳥の小集団ひとつにおけるこうした推移と作りの多様性を目にすれば、この諸島の鳥類が元来種類に乏しいことも考え合わせ、ひとつの種が選ばれ、種々の目的に合わせて変形を受けてきたとだれしもが思うであろう


などと訳出することができるかと思います。



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世間には、「多読・精読をすれば英文は読めるようになる」という主張がまかり通っているが、これは逆立ちした議論で、歩行もできない幼児にランニングやマラソンをさせれば歩けるようになるという主張に等しい。多読・速読は英文の読み方の基本を身につけた者のみが挑戦し得る方法なのである。

「形にこだわって読む」段階を経ると、「形を越えて読む」ことが可能となる。更には「形を忘れて読む」ことも可能となろう。後者の段階では豊かな常識・知性・思考力が必要となろうが、これは読解力を支えるものではあっても読解力そのものではない。


高橋善昭『英文読解講座』(研究社、1986年、p.C)



posted by 石崎 陽一 at 11:35 | Comment(0) | 日々の授業 | 更新情報をチェックする

2013年06月27日

6月度・7月度の洋書


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CROWN PLUS(level 3)でウォレスの話を読み進化論に触れることもあり、

6月度・7月度の洋書は

Gavin Bantock, Dramatic Tales from the Bible(金星堂、1981年)

を選定しました。

本日生徒に手渡します。

旧約聖書の物語を英語で読みつつ、西洋文化の根底にあるキリスト教についての知識を深めてもらいたいと思います。

なお、各章ごとに日本語または英語で便概を書いてもらうのが課題で、

定期考査の出題範囲には入れません。








本日もご訪問ありがとうございました。

検定教科書の執筆のお話をいただき、大変光栄に思うとともに、驚いております。


posted by 石崎 陽一 at 05:21 | Comment(0) | 日々の授業 | 更新情報をチェックする

2013年06月23日

ウォレスとダーウィンに関するウェブサイト


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ウォレス・ダーウィン関連のウェブサイトを備忘のため書き留めておきます。


The Alfred Russel Wallace Page


Alfred Russel Wallace(National Geographic Magazine)


The Work in Darwin's Shadow(Washingtonpost.com)


Darwin Online


posted by 石崎 陽一 at 21:17 | Comment(0) | 日々の授業 | 更新情報をチェックする

2013年06月15日

controversial


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CROWNUの第3課に次の一節があります。


I clearly remember the day when a woman brought her five-year-old boy to our hospital. I saw immediately that he was beyond help. We gave him oxygen, but he was pale, his breathing was difficult, and the oxygen mask made him uncomfortable. He was not improving. We were using our last tank of oxygen. We didn't know when the next tank was coming. If another person needing oxygen arrived, maybe this tank could save his or her life. I made my decision, and made a sign to the nurse who was working with me to turn off the oxygen. The nurse simply couldn't do so. I waited five seconds and turned it off myself. I did it because I thought it best to leave the child in the hands of God. Was that the right decision? I still don't know.


酸素を切るか、切らないか。


貫戸朋子氏の言葉を引きます。


結局、これには答えはないんじゃないかと思います。その過程のなかでどう考えていくかということがすごく大事で、答えはひょっとしたらどちらにもあるかもしれない。その微妙なところにあるかもしれない。私にはまだ、イエスもノーもわかりませんし、わからなくてもそれでいいと思います。悩み続けるっていうことが大事なことかな、って思います。


医療に絶対はない。よって、悩み続けることが大切というメッセージです。

これは、「医療」を「教育」に置き換えても通じるのではないでしょうか。


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酸素を切るか、切らないか。

来週でこの課が終わりますので、このテーマに関し、賛否両方の立場で英文を書いてもらおうと思っています。


(追記)

貫戸氏の言葉は、NHK「課外授業 ようこそ先輩」政策グループ・KTC中央出版 編『国境なき医師団:貫戸朋子』(KTC中央出版、2000年、p.26)より引きました。


posted by 石崎 陽一 at 22:18 | Comment(0) | 日々の授業 | 更新情報をチェックする

結束性という観点


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使用しているライティングの教科書に次の日本語を英訳する課題があります。(下線は現筆者による。)


昨日はよい天気でした。私たちはクラス遠足で猪苗代湖に行きました。湖はバスを降りた所から20キロ以上離れていました。それだけの道のりをずっと歩くのは本当に大変でした。まだ足がとても痛みます。


さて、下線部の英訳としては次の(1)・(2)のうちどちらがより適切でしょうか。


(1)We went to Lake Inawashiro on a class outing.

(2)We went on a class outing to Lake Inawashiro.



下線部直後の第3文を The lake で書き始めるとすると、

Lake Inawashiro で文を終える(2)のほうがより適切だと言えるでしょう。

次文への移行がスムーズになるからですね。

複数の文を積み重ねていく際、文と文との間の結束の度合いをできるだけ高め、

緊密に、自然に関連を保つよう、続きのよい配列を意識したいものです。


posted by 石崎 陽一 at 21:03 | Comment(0) | 日々の授業 | 更新情報をチェックする

2013年06月10日

教科書の下読みと重要ポイントの洗い出し


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授業に先立ち、東大入試英語の出題分析の枠組みを用い、

CROWNUの第3課の本文について、重要ポイントを洗い出してみました。


資料は以下よりダウンロードできます。


CROWNU第3課下読み.pdf


こうした分析はレッスンごとに行い、授業で焦点化する項目の選定に役立てています。


posted by 石崎 陽一 at 22:05 | Comment(0) | 日々の授業 | 更新情報をチェックする

2013年05月26日

よりよい読みのために


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CROWN PLUS(level 3)の第9課を教室で扱うにあたっては以下の文献を通読しました。

仕事の読書とは言え、楽しみながら読み進めることができましたね^^

それまで知らなかったことを知る、とか、今までわからなかったことがわかる、とかいうのはやはり嬉しいものです。


● 今井弘民『アリからのメッセージ』(裳華房、1988年)



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ある種のアリには、キノコの農園を経営したり、家畜として飼うアブラムシの牧場を経営するものがあるという指摘は興味深かったです。

本書によれば


群れのなかに仕事の分担が生じて、全体の秩序ができたとき、その群れは社会(p.32)


と呼ばれ、


社会の秩序を保つ上でいつも問題になるのは、全体と個の利害をどのように調節するかにある。(中略)アリの社会では、いつも全体が個に優先している。(p.33)


とのこと。

こうした振る舞いを愛他的または自己犠牲的とみなす視点もありますが、それとは対比的な視点を紹介してくれるのが次の書物です。


● 中原英臣・佐川峻『利己的遺伝子とは何か−DNAはエゴイスト!』(講談社ブルーバックス、1991年)



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本書は


自己犠牲的というと聞こえはよいが、見方によれば、遺伝子自身が増殖しようとする利己的なふるまいにすぎない(p.121)


という視点から、謎に満ちた動物行動を解き明かしていくのですが、

平明さのみならず、その筆力により、知的爽快感をもって読了することができました。

ブルーバックスは発刊のことばに「科学はむずかしいという先入観を改める表現と構成」が特色とあるように、本書も読みやすかったです。


● モーリス・メーテルリンク 著・山下知夫・橋本綱 訳『蜜蜂の生活』(工作舎、1981年)
● モーリス・メーテルリンク 著・尾崎和郎 訳『白蟻の生活』(工作舎、1981年)
● モーリス・メーテルリンク 著・田中義廣 訳『蟻の生活』(工作舎、1981年)



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メーテルリンクは読もう読もうと思っていてきちんと読んだことがなかったものですから、この機会にぜひと思った次第。

私はフランス語を英語やドイツ語ほどは自由に読めませんので、日本語で読めるのは本当にありがたいです。

冒頭に掲げた『アリからのメッセージ』によると


アリがハチから進化したことは、研究者の一致するところである(p.73)


とのことですが、

メーテルリンクは、『蟻の生活』の中で


この三種の昆虫[=ミツバチ、シロアリ、アリ]について、その愛他器官の完備の程度と文明の程度との間に何らかの関係があるのだろうか。私にはわからないが、あえて比較してみるなら、第一位がアリ、次がシロアリ、そして、わがミツバチはその輝かしい生活に眩惑され、蜜蝋によるによる建築の妙にうたれはするものの、最後になるだろう。(pp.42-3)


と述べ、

社会組織の完成度から言えば、三つの昆虫のうち最も高度なのは蟻であり、

蜜蜂はその幾何学的な建築のすばらしさにも関わらず最も低い段階にいるとしています。

また、その生活についても


ミツバチのきわめて不安定で、奴隷のように疲れ、不健康な、要するに短い一生にくらべれば、それ[=蟻の生活]は明らかにすぐれたものだ。また残忍で野蛮で、冷酷な獄中に幽閉されたシロアリの生活よりもまさっている。(p.164)


と述べていて、

意図されたかどうかには言及がありませんが、

結果として、原作の三部作は社会組織の完成度の低いものから高いものへという順序で発表されたことになります−読中、こうした「発見」もありました。

こうした内容を踏まえ、CROWN PLUS(level 3)の第9課の次の一節を読むと、特に “social” や “organize oneself” の意味がよりよく理解できる気がします。


But you have just read Maeterlinck's 'Life of the Bee, of the White Ant, and the Ant' and you must have wondered at the highly social ways these insects organized themselves.


このように、

書かれていない事柄について考えることがよりよい読みにつながる

という点を、生徒たちに指摘し、貪欲に知見を広めることの大切さを語りかけています。


なお、いまはこちらを読み進めています。


● NHK「課外授業 ようこそ先輩」政策グループ・KTC中央出版 編『国境なき医師団:貫戸朋子』(KTC中央出版、2000年)


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中間考査明けの授業で扱う CROWNUの第3課で触れるのです。

志の高い同士たちとふれあい、刺激を受け、気持ちを新たにした石崎が、西東京よりお伝えしました。

それでは、また。



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人間性をとことん煮つめ煎じつめたら最後にどす黒い嫉妬の塊が残る。人間性の究極の本質は嫉妬である。人間はどうしても嫉妬から解脱できない。(中略)多少とも世に顕われるほどの者は、嫉妬の矢が全身に突き刺さると覚悟しなければならない。

谷沢永一『人間通』(新潮選書、1995年、pp.47-8)


posted by 石崎 陽一 at 20:46 | Comment(0) | 日々の授業 | 更新情報をチェックする

2013年05月10日

授業公開


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現任校はいま授業公開(予約申込制)期間に入ってまして、中学生やその保護者の方などが多数お見えになっています。

昨日は私の授業にも参観者がいらっしゃいまして、2時間続きで行う英語Uの授業をご覧になっていただきました。

最初のコマでは CROWN PLUS(level 3)の第8課・最終節を扱い、

次のコマで日本語による第8課全体の要約(および採点基準を使用した相互添削)と単語・表現の確認テストを行ったのでしたが、

生徒も私も(笑)ほどよい緊張感をもって臨めたのではないかなと思っています。

授業後、参観者の方からは

私も1年間続けて受けてみたい授業でした

という過褒なお言葉を頂戴してありがたくも恐縮した次第ですが、

「私の授業」というよりかは「生徒たちの素晴らしさ」を見ていただいた、といったところでしょうか(笑)。



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ところで、今日読んだ箇所に次の一節がありました。(下線は現筆者による。)


In short, we must learn to live sustainably, and that means in ways that can continue forever without causing damage.(中略)Sustainable development means that we must obtain everything that we need today without spoiling the prospects for people in the future.


目先の利益を重視して開発を進めると、環境が悪化し、結局、経済的利益も得られなくなりますね。

obtain という動詞は、ある英英辞典によると

to become the owner of, especially by means of effort or planning

とありますように、

得るために多少の努力と計画(よって時間)を要する

という含みを持っていますから、

例えば漁業資源を長持ちさせるよう乱獲を避けるなど、

将来の世代が享受する経済的、社会的な利益を損なわない形で現在の世代が環境を利用していこう

という考え方を述べる上で、ふさわしい語の選択だなと感じ入った次第です。


では、また。


posted by 石崎 陽一 at 01:54 | Comment(0) | 日々の授業 | 更新情報をチェックする

2013年05月05日

内容方面の研究を怠ってはならない


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ご訪問ありがとうございます。


今回は、細々と読みつないできた書籍をご紹介します。



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● 青山晴美『もっと知りたいアボリジニ−アボリジニ学への招待』(明石書店、2001年)

● 青山晴美『アボリジニで読むオーストラリア−もうひとつの歴史と文化』(明石書店、2008年)



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● ジーン・A・エリス 著・森秀樹 監修・国分寺翻訳研究会 訳『オーストラリア・アボリジニの伝説−ドリームタイム』(大修館書店、1998年)



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● ジェームズ・E・ラヴロック 著・星川淳 訳『地球生命圏−ガイアの科学』(工作舎、1984年)



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● ジョン・K・ガルブレイス 著・鈴木哲太郎 訳『[新版]バブルの物語』(ダイヤモンド社、2008年)



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● マイク・ダッシュ 著・明石三世 訳『チューリップ・バブル−人間を狂わせた花の物語』(文春文庫、2000年)



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● 大野真弓 編『世界の歴史 8 絶対君主と人民』(中公バックス、1968年、pp.70-114)



これらは、英語Uの授業において、教室で CROWNUと CROWN PLUS(level 3)を読むことが決まり、

そこで扱われている題材について造詣を少しでも深めて授業に臨もうと、年明けから読み進めてきた本です。

前回のエントリーで触れた「言葉と内容は一体のものである」という鳥飼久美子先生のご指摘に深く共鳴し、

『英語研究者のために』(講談社学術文庫、1992年)における、田中菊雄先生の次のお言葉を肝に銘じている次第です。


「教えるのは学ぶの半ば」というけれども、確かにそれ以上である。教えてみてはじめて本物になる−これが外国語習得の場合においては特にそうである。(後略)

教壇を試験場と考えて十分の準備と自信とをもって臨むということほど大切なことはない。またその準備もその日暮らしの準備ではいけない。同じ一つのことを教えるのでも、十の力で教えるのと百千の力で教えるのとでは非常なへだたりがある。容易な教材でも決して軽んじてはならない。文法上およびその他すべて教育学上のいわゆる「形式方面」の準備はもとより、「実質方面」すなわち内容方面の研究を怠ってはならない。時にはただ一課を教えるために一冊の書物を読破するだけの努力を払わなければならない。(後略)
(p.179)


一にも二にも三にも予習である。これによってこそ教師は学ぶのである。しかし予習にもピンからキリまである。一夜づけの予習ではだめである。往々にして教師は抜萃の一課を教えるのに一冊の原作を読破する覚悟をもたなければならない。「人一度これをよくすれば我は十度す」という心掛けが必要であると思う。(pp.226-7)


英語教師は常に視野を広くして世界の動きに着目し、言語事象としてこの生きている言語の推移にアップ・ツー・デイトたらんことを心掛けなければならない。また外国語の尊重がややもすれば学生に無批判な外国文物崇拝の念を作り出す恐れのあることを深く戒めて、これを overestimate することもなく、underestimate することもなく、科学的態度を持ち、かつ常に「日本人」たる自覚をもって生徒を導かなければならないことは当然である。

と同時に、また一面では、自分の専門に深い興味を持ち、世紀の騒乱を超越して不断の研究を続けて行かなければならない。
(p.180)


責任の重さはもとよりですが、このような環境で英語の指導に携われる幸せと恐ろしさとを噛みしめつつ、精進していきます。

それでは、また。


posted by 石崎 陽一 at 21:44 | Comment(0) | 日々の授業 | 更新情報をチェックする

2013年05月04日

言葉と内容は一体のものである


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鳥飼久美子『戦後史の中の英語と私』(みすず書房、2013年、p.213)より備忘のため書き留めておきます。


英語を理解するには、英語という言葉を知るだけでは不十分で、言われていることの内容を知る必要がある、というのは逆説的であるが、同時通訳者であった時に痛感したことである。言葉と内容は一体のものである。英語力があっても背景を知らなければ内容を十分に理解することは難しい。英語学習ではともすると、その点を忘れ、英語だけに焦点を合わせがちになる(後略)


(追記)

長井氏晸 著・荻原恭平 改訂『新訂新版 英語ニューハンドブック』(研究社、1967年、p.389)より備忘のため書き留めておきます。

英文を読むとき、その英文が結局のところ何をいおうとしているのかを知る訓練が必要である。英文を和文に直せても、自分の常識から判断して、何か納得させないものがあったら、その英文が読めたとはいえない。つまり英文を読むには語学だけではだめなので、教養・常識が必要なのである。だから自国語で書かれた高級な本を読解できない日本人が、英文で書かれた同程度の本を読解できるとは考えられない。


posted by 石崎 陽一 at 09:52 | Comment(0) | 日々の授業 | 更新情報をチェックする

2013年04月27日

英文法の指導で不可欠な要素の一つ


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通例、church や school は普通名詞(すなわち可算名詞)ですので、単数を表している場合は冠詞を付けて用います。

とある教会や学校という意味では a church や a school となりますし、

読み手(聞き手)もそれとわかる、特定の教会や学校であれば the church や the school となるわけですね。

ところが go to church や go to school という表現では church や school に冠詞を付けません。

これは、たしかに、具体的な建物の教会や学校に行くのですが、その目的は「礼拝のため」とか「授業を受けるため」というように、それぞれの建物の本質的な「働き」に関係するものです。

このように、礼拝や授業といった、抽象的な「働き」を表す場合、church や school を抽象名詞(すなわち不可算名詞)として扱うのですね。

つまり、冠詞の有無の決定は、多くの場合、ある名詞を「個体」としてとらえるか、その「働き」においてとらえるかによるわけです。

一度この観点を得ますと、たとえば身分や機能を表す名詞が文中で補語として用いられるとき、あるいは as などの語に後続するとき、冠詞が不要であることに対しても、自然に合点がゆくのではないでしょうか。


規則や理屈に合わないが、実際には一般に用いられるとき、私たちは、これを、慣用的であるという言い方をします。

指導の段階としては go to church や go to school も慣用的な言い回しとして片付ける時期があっても構わないとは思いますが、

理屈を辿ることにより、そうして頭に入れた断片的な知識を体系化させる段を設けることが、応用を利かせる意味でも、興味を持たせる意味でも、大切だと感じています。

学習者に「なぜそうなるのか」という疑問を持たせ、「それはこうだからだ」と説明できるようにしてやることが、英文法の指導において、不可欠な要素の一つと言えるでしょう。


(追記)

本エントリーの執筆にあたり、樋口昌幸『[例解]現代英語冠詞事典』(大修館書店、2003年、p.66)を参照しました。


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2013年03月26日

OCTの授業を振り返って


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OCTの授業では、実践的コミュニケーション能力の基盤作りに、

ALT(外国語指導助手)とのチーム・ティーチングによる音声系の練習(発音、会話、スピーチ等)と

日本人教師による文法項目別の練習の2本立てで取り組んだ。

以下に概略を示す。


実践的コミュニケーション能力の基盤作り
(リスニング・スピーキング・ライティング)


総括


ALTとのチーム・ティーチングにおいては、教材に示された各課のテーマに合わせて実践的コミュニケーション能力の基盤作りを行った。

工夫の行き届いたリスニング/スピーキング教材を用いたため、実践的なリスニング演習とペア/グループワーク演習により会話学習を効率的に進めることができた。

また、発音に関する教材を活用し、発音の仕方と発音記号の関係を指導した。

さらに、スピーチの発表と指導を盛り込むことで、リスニング力のみならず、ライティング力とスピーキング力(プレゼン力)の涵養に努めた。

具体的には、7月中旬に校内スピーチコンテストを実施。

このコンテストに向け、5月末日を締切にして発表用の原稿を生徒全員に作成・提出させ、ALTからの添削指導を行った。

各クラスで全員にスピーチの発表の時間を設け、ALTとともに優秀者(校内スピーチコンテストへの出場者)の選考を行った。

校内スピーチコンテストの優秀者は10月中旬に実施された高英研主催のスピーチコンテストに出場し優秀な成績を収めた。


実践的コミュニケーション能力の基盤作り
(グラマー・ライティング)


総括


基本的な文法項目の全体を体系的に指導し、実践的コミュニケーション能力の基盤作りを行った。

敢えて27章立ての問題集・ワークブックを採択し使用した。

学習項目が厳選されているため、1年間で、品詞論を含め、英文法の全体を俯瞰することができた。

学習項目が厳選されているため、27章立ての問題集・ワークブックで扱われている内容を軸に、参考書の発展項目を授業中に参照することで肉付けを行った。

学習にメリハリがつき、生徒から好評だった。

また、指導に際しては次の点に留意した。

歴史的経緯から、英文法はなるべく理屈に合うように設計されているため、理解に際しては理屈を大切にするよう指導した。

文法項目の理解は通過点と位置づけ、学習のゴールを発信(作文)に置くよう意識づけを行った。

具体的には、各文法項目の学習の最終段階において、英作文のワークシートを用いて(授業内外で)添削指導を行った。

このワークシートには各課の基本例文に加えて、36章立ての問題集の英作文の問題を掲載した。

27章立てのものには英作文の問題が掲載されていないためである。

また、例文のクオリティが高かったこともあり、教材に登場する基本例文はもとより、問題文をできるだけ暗唱するよう意識づけを行った。

具体的には、定期考査で出題する問題の素材を選ぶ際、初見の英文は用いず、問題集やワークブックの基本例文や問題文を用いるようにした。


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英語Tの授業を振り返って


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総括


生徒の学習意欲は高く、予習が定着している。

このことを前提にして音声・語彙・文法・談話の切り口から効果的な指導を実施できた。(以下に概略を示す。)


音声指導


語彙の切り口からは、折に触れ、発音の仕方と発音記号の関係や発音と綴字との関係について指導を行った。

談話の切り口からは、適切な音読(法)について指導を行った。

指導に際しては、内容理解を済ませた上でまとまりのある英文を暗唱することの効用を説いたほか、音読とリスニングの関係、聴解力と速読力の関係について意識づけを行った。


語彙指導


科目や教材の垣根を越え、出会った語彙・表現については貪欲に(できるだけ英文ごと)覚えていくよう促し、今後の英語学習に不可欠な基礎単語を学習させることができた。

同一語が複数の課や教材にまたがって登場する場合には関連づけて指導するよう努めた。

文脈や語源を用いた未知語の推測法について指導を行った。


文法指導


各課に登場する文法項目を「読むための文法」という切り口から指導した。

各課に登場する文法項目をOCTで学習する(学習した)内容と関連づけて指導した。


読解指導


精読と速読の方法と使い分けを指導した。

文単位では、基本的な文構造の理解に基づいて和訳することができるよう指導した。

談話レベルでは、基本的なパラグラフ構造を応用した(大意や概要・要点をつかむ)読解ができるよう指導した。

洋書等を用いて様々な難易度・幅広いジャンルの英文を多読させた。

時期を選んで準教科書を使用し、より高度な英文に触れさせた。

背景知識が読解に役立つという切り口から、他教科で学習する(学習した)内容と関連づけて学習を進めるよう意識づけを行った。


聴解指導


教材付属のCD等を活用して英文の音読を習慣化するよう意識づけを行った。

教材付属のCD等を活用して英語を聴くことを習慣化するよう意識づけを行った。


辞書指導


折に触れ、紙の辞書と電子辞書の長所と短所を紹介した。

紙の辞書については、授業で実際に英和辞典と英英辞典を引かせ、それぞれの活用に際して必要十分な事項を指導した。英英辞典については1課ごとにワークシートを作成し指導に役立てた。

電子辞書については、授業で実際に使用させ、成句検索、例文検索、串刺し検索、ワイルドカード検索などの仕方、単語の発音のさせ方、音量調整の仕方、ジャンプ機能の使い方など、活用法を指導した。

また、折に触れ、オンライン辞書の活用法も指導した。


留意点


指導に際しては、次の点に意を用いた。

音声言語、話し言葉を重視し、生きた英語を学べるよう授業を設計した。

リーディング以外の技能、特にリスニングとスピーキングの練習を授業へ盛り込むよう意識した。

発信型の授業設計を心がけた。

単に予習の結果をチェックするだけのような単調さを廃すよう努めた。

授業の中での反復練習の機会を増やすよう心がけた。

科目や教材の垣根を超え、学習内容を相互に関連づけるよう意識づけを行った。


posted by 石崎 陽一 at 18:51 | Comment(0) | 日々の授業 | 更新情報をチェックする

2013年03月16日

指導項目のプライオリティーをつける


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松井久博・吉田晴世『中高一貫英語教育成功の秘訣』(松柏社、2005年)より備忘のため書き留めておきます。


個々の内容もさることながら、指導者は手を抜けば後で取り返しのつかないことになりかねない分野と、血眼になって慌てて教えなくても後で十分に後付けできる分野との区別を明確につけられるようにしておくべきである。またそのような試験作りも視野に入れておかねばならないのも当然である。(p.30)


英文を読み進めていく上で文法学習の意義に気が付く。ただ絶対やっておかなければならないことは英文の背景に潜む文法を気づかせ、さらに文法の学習を継続してやらねばならない、またやっておくともっと深く英文を読めるというある種モティベーションを持たせることである。(p.33)


必ず文法項目の学習が済めば簡単な英作を演習すべきである。「英作できる文は必ず和訳できる」が英作を演習する理由の一つに掲げられるように英文解釈にもつながる。(p.33)


文法の習熟度のバロメーターは英作である。またそこをなおざりにするとあとの定着率も非常に悪い。(p.34)


英作は模倣から始まり、とにかく声に出して書かせることに尽きる。文法は頭で理解しても、英文を書く際に「口に出して発音しながら書く」ことによって定着する。このことは長年の指導を通じて相当に思い知らされてきたことである。さらにどの文法を使えばいいか、どの引き出しを開けばいいかを考えさせるため、総合的な英作を出題する。(p.34)


最初、導入部分で失敗すると、その項目は苦手意識が付着し、さらに演習でその意識が定着し、あとに何度も復習しても効果がさっぱりあがらない。英語がトラウマになり、完全に生徒の中には苦手項目という意識がこびりついてしまうだけである。よって指導者は新規の項目の導入こそ最新の注意を払わねばならない。しかもそのインパクトは大きければ大きいほどよい。(中略)独自の工夫が大切であると思う。少しでもわかれば必ず生徒は復習する。(p.39)


その文法項目がわからないという生徒は実はその原因はずっと前にあり、遡ってもつれている部分を治してあげることが肝要である。驚くべきことに、そのもつれた部分はいったいどこなのかが自分で分からない生徒がいかに多いことか。(p.31)


『上掲書』(pp.32-9)には、重要度が高く再指導にはかなりの時間を要する項目が17個、指導時間を最小限にとどめるべき項目が10個、具体的にリストアップされ、指導に強弱、濃淡をつける重要性が繰り返し強調されています。


posted by 石崎 陽一 at 18:53 | Comment(0) | 日々の授業 | 更新情報をチェックする

2012年12月01日

collocation について(その1)


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何で読んだか定かではありませんが、以前、コピーライターの方が斬新な表現を入手するのになさっているある方法を紹介されていたことがありました。

それは、一方に形容詞だけを書いたカードの束を、もう一方に名詞だけを書いたカードの束を積んでおき、それぞれの束から1枚ずつ無作為に抜き出しては組み合わせを確かめる。

こうすることで、例えば、香水のキャッチコピーを考える際

「まぁるいむらさき」

のような、普通ではなかなか生み出せない言い回しを生み出すことができる。

そういった内容でした。


なるほど、「丸い」という語は「円い」とも書くように、通例

丸い月、地球は丸い、背中が丸い

など、円(球)の形をしている様子を形容するのに使われます。

よって、角が取れた感じも表し、

丸い感じの人柄、争いを丸く収める

などの言い方ができます。

ですから、カードを使ってランダムな組み合わせを生じさせない限り、頭で捻り出そうとしても、紫という色に丸いという形容詞が思い浮かぶことは難しいのでしょう。


語と語との間のこうした結びつきについて考える際には、上記のようなある種の共起制限のほかに、collocation という概念が有用です。

これも何で知ったか今となっては曖昧なのですが、山田和男氏がどこかで次のようにお書きになっていたのが印象的でした。

氏は日本語の将棋と碁を例におとりになり、

将棋の場合は「指す」、碁の場合は「打つ」という動詞を使うのが日本語の約束ごとである

といった式の、簡にして要を得たやり方で、collocation とは何たるかを述べておられたのです。

collocation を覚えることの重要性は、将棋を打ったり、碁を指したりしないため、というご説明もストンと胸に落ちました。

爾来、勝俣先生の英和活用大辞典をはじめ、木塚晴夫編『動詞+名詞 英語コロケーション辞典』(ジャパンタイムズ、1995年)、塚本倫久『プログレッシブ英語コロケーション辞典』(小学館、2012年)などを座右に置いています。


日本語では「見物する」「散歩する」「訪問する」のように、名詞に「する」をつけることによって、簡単に動詞が作れますが、英語の場合はどうでしょうか? 日本語の「する」にあたる do をつけて、「見物する」は do the sights が可能ですが、「散歩する」を do a walk、「訪問する」を do a visit とは言えません。それぞれ take[have]a walk、make[pay]a visit としなければなりません。このように、英語の動詞と名詞との間には特別な「相性」があるのです。


と同書(p.B)は述べていますが、

英語らしい英語を話したり書いたりするためには、ある語とある語の結びつきを正しく学んでいくことが不可欠なのですね。


(追記1)

本記事における「丸い」という語の定義と用例は『明解国語辞典 第六版』(三省堂、2005年、p.1413)に拠っています。


(追記2)

八木克正『斎藤さんの英和中辞典 − 響きあう日本語と英語を求めて』(岩波書店、2016年、p.16)では次のように区別しています。

コロケーションは習慣的な語の結合(例:A pig oinks./A horse neighs./A dog barks./A lion roars. など)、成句は単語の結合が本来の意味を保ちながら、新たな意味を発展させたもの(例:look into は「のぞき込む」、転じて「調べる」、Rumor has it that ...「うわさでは」など)、イディオムは単語の結合が固定化し、構成する語の本来の意味とは違う意味で使われるもの(例:spill the beans の「秘密をもらす」、kick the bucket の「死ぬ」など、習慣的に確立した意味で使われる)である。は、日常生活の戒め、教訓などを短文で表現したものである。斎藤の熟語はこれらすべてを含んでいる。


(追記3)

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posted by 石崎 陽一 at 00:05 | Comment(0) | 日々の授業 | 更新情報をチェックする

2012年11月10日

訳語の吟味と英語の理解


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CROWN PLUS(level 3)の Lesson 1 に次の一節があります。(下線は現筆者による。)


But age is a relative matter. If you continue to work and to absorb the beauty in the world about you, you find that age does not necessarily mean getting old. At least, not in the ordinary sense. I feel many things more intensely than ever before, and for me life grows more fascinating.


下線部を訳出する際、absorb はどう処理すればよいでしょうか。


皆さんここどう訳してきましたか。


日本語として「美しさを吸収する」でしっくりきますか。


生徒にそう投げかけたあと、全員に持たせている Oxford Wordpower Dictionary でこの語を引かせます。

そこにはこう定義されている。

to take in and hold something(a liquid. heat, etc.)

用例も点検。

● a drug that is quickly absorbed into the bloodstream
● Black clothes absorb the sun's heat.


これらは物が液体や熱などを吸収するという使用例ですが、本文ではどうだったでしょう。

そう言って先ほどの箇所に戻ります。

If you continue to work and to absorb the beauty in the world about you,

「あ、主語は人だ」という声が上がる。

そこで次の例を追加。

● absorb the sun
● absorb Japanese culture


「ある日の昼下がり。その男の子は the sun を absorb しようと縁側へやってきた」

この子は日光をどうしようと縁側に出てきたの、と問い、


「はい隣と話し合って!」


がやがやの中で「浴びる」という表現を引き出す。

まぁ植物が主語なら「吸収する」で何ら問題ないんだけどね。

では次だけど

「初めて日本文化に absorb するアメリカ人たちへ生け花や茶道、着物などを紹介した」

このアメリカ人たちは生け花、茶道、着物といった日本文化に初めて absorb するわけだけど…、と言うと、彼らの口から「触れる」という言い方が出てくる。

さぁ、再度本文での使われ方を点検してみよう、ということで

If you continue to work and to absorb the beauty in the world about you,

をどう訳出するか。


「はい隣と話し合って」


次は生徒から出てきた日本語訳。

「辞めずに仕事を続け、身の回りの美しさに触れ続けている限り」

最後にこの課の終盤

It has long been a custom of mine to walk along the beach each morning before I start to work.

という箇所を確認させ、先ほどの日本語訳でひとまず決めとし

「機械的に日本語に置き換えてよしとするのではなく、各種辞典等を活用して用例を吟味したり、本文全体の中の位置付けを考慮したりしながら訳語を選定していく。この過程で力がつくのです」

と結ぶ。


posted by 石崎 陽一 at 12:23 | Comment(2) | 日々の授業 | 更新情報をチェックする

2012年11月08日

関係代名詞の導入:形容詞の働きをする文、という迫り方(その2)


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所有格の関係代名詞 whose について学習します。

まずは例を見てみましょう。


父親が有名なピアニストである少年
a boy whose father is a famous pianist
(➜「少年父がピアニストだ」の関係)

制服がとても感じのよい生徒たち
the students whose uniforms are very nice
(➜「生徒たち制服がすてきだ」の関係)



このように、whose の直後には必ず名詞を置き、その名詞と先行詞との関係が所有関係にあることを表します。

この意味では、あくまで先行詞と、すぐあとに続く名詞との関係で考えることが大切と言えます。

訳すときは whose の直後の名詞から先に訳すのが最も無難です。

もちろん、この whose を省くことはできません。

なお、この whose は先行詞が「もの」の場合も使えます。


門がいつも閉まっている家
a house whose gate is always closed
(➜「家門がいつも閉まっている」の関係)



例を追加します。「whose +名詞」の部分に注目しましょう。


母親が美術の先生をしている友達
a friend whose mother is an art teacher
(➜「友達母親が先生をしている」の関係)

自転車を盗まれた男の人
the man whose bicycle was stolen
(➜「男の人自転車が盗まれた」の関係)

毛が灰色の猫
a cat whose fur is gray
(➜「猫毛が灰色」の関係)

屋根の青い家
the house whose roof is blue
(➜「家屋根が青い」の関係)

窓が全部割れた古い家
the old house whose windows are all broken
(➜「家窓が全部割れた」の関係)

義雄という名前の男の子
a boy whose name is Yoshio
(➜「男の子名前が義雄」の関係)

ピンクのブラウスの女の子
the girl whose blouse is pink
(➜「女の子ブラウスがピンク」の関係)



次のような例には慣れが必要かもしれません。ここでも「whose +名詞」の部分に注目です。


あなたが昨夜車を借りた人
the man whose car you borrowed last night
(➜「その人車を借りた」の関係)

君が写真を見た少女
the girl whose photograph you saw
(➜「少女写真を君が見た」の関係)

私が名前を知らない人
the man whose name I don't know
(➜「その人名前を私は知らない」の関係)



練習問題

「whose +名詞」に注意して次の句を英訳してみよう。

1.お父さんが有名俳優である友人
2.私がタイトルを知らない歌
3.頂上が雪で真っ白な山
4.目が青いその猫
5.お母さんが料理のうまい友達
6.私が意味を知らない単語
7.その子どもに脚を壊された机
8.私が名前を思い出すことすらできない人
9.日本中でその著書が読まれている学者


posted by 石崎 陽一 at 23:15 | Comment(0) | 日々の授業 | 更新情報をチェックする

2012年11月07日

直読直解による速読の練習と英文法の授業の進度



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本校における英語Tの授業は週に3時間あります。

そのうち2時間が時間割上、連続して設定されていて、そこで CROWNT(現在は CROWN PLUS(level 3))を扱っています。

残りの1時間は、前半を単語集の小テストと速読のトレーニングにあて、後半を CROWNT(現在は CROWN PLUS(level 3))の理解の補助または定着にあてています。

では、速読のトレーニングの素材は、と言うと、一括採用している CROSSBEAM(エミル出版)の速読の問題とリスニングの問題とを抜粋したハンドアウト(B4版)を特注して使っています。

CROSSBEAM 2 を用いて計14回、現在は CROSSBEAM 3 に入りまして2回目の速読練習が終わったところです。

かくして、直読直解用の素材を用いて継続的に速読のトレーニングを施しています。


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英語Tの他に本校ではOCTの授業が週に2時間あります。

OCTの授業は2本立てで行っています。

ALT(外国語指導助手)とのチーム・ティーチングによる音声系の練習(発音、会話、スピーチ等)と日本人教師による文法項目別の練習です。

(発音は『英語の発音ノート』(数研出版、1992年)を使用しています。)

文法項目別の練習では『ブレイクスルー総合英語』(美誠社)をメインテキストにしていて、準拠問題集とワークブックを素材に授業を展開しています。

石崎はこの準拠問題集とワークブックの他に自作のハンドアウトを用いて段階式にドリルでトレーニングをしていることは以前の記事に記した通りです。

進度としては、現在、どのクラスも関係詞が終わり、比較に入るところです。

その後は仮定法、話法でもって基本的な文法項目の学習が終了する予定となっています。

年明けからは品詞論をはじめ、否定、強調と倒置、無生物主語の構文、名詞構文、同格といった読解関連の項目に学習が及びます。


posted by 石崎 陽一 at 23:16 | Comment(0) | 日々の授業 | 更新情報をチェックする
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