2013年06月09日

Price という人名の語源


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Price は元来は Ap- + Rhys でした。

Ap-(<Map-)はウェールズ系の父称(patronymic)です。

よって、Price 氏とは「Rhys 氏の息子」が原義でした。

ちなみに、Rhys はウェールズ語で「熱誠」を意味する語から来ています。

なお、Basil Cottle, The Penguin Dictionary of SURNAMES(Penguin Books, 1978)によれば、Rhys は Rees と綴られることが多く、South Wales の人々の3%以上がこの姓だと言われます。

そう言えば、ウェールズ出身のソプラノ歌手に、Margaret Price(1941- )さんがいますね。


(追記)

本記事の執筆に際し、『英語固有名詞語源辞典』(研究社、2011年)を参照しました。


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MacArthur という人名の語源


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MacArthur は Mac- + Arthur と分けられます。

Mac- はケルト系の父称(patronymic)ですから、

MacArthur とは「Arthur 氏の息子」が原義でした。

なお、Arthur はケルト語で「素晴らしい」という意味ですが、

太田垣正義『英語の語源』(創元社、1978年、p.90)によれば、

アングロ・サクソン人の侵攻を撃退したとされる、ブリトン人(英国の先住民族であるケルト民族)の王 Arthur にちなむと言います。


(追記)

本記事の執筆に際し、上掲書のほか、『英語固有名詞語源辞典』(研究社、2011年)を参照しました。


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Browning という人名の語源


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Browning は Brown + -ing と分けられます。

Brown は元来は色の浅黒い人のあだ名であり、それが通称になったと考えられます。

white でも black でもない、中間の顔色・髪色の特徴からつけられたのでしょう。

このように、あだ名が個人名について姓に発達し、家族名(family name)として代々受け継がれていくのは、私には興味深いことに思えます。

-ing はアングロ・サクソン系の父称(patronymic)です。

父称とは父親(父系祖先)の名から採った名前のことを指す語で ‘son of’ の意を表しますので、

Browing とは元来「褐色氏の息子」といった感じで名づけられたのでしょう。


(追記)

本記事の執筆に際し、『英語固有名詞語源辞典』(研究社、2011年)を参照しました。


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地名が物語る歴史(Wales の巻)


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Wales は Great Britain 島南西部の地域です。

古英語で “foreigner, stranger, slave” を意味する wealth の複数形 wealas に由来します。

後から(5世紀中頃に)ブリテン島にやって来たゲルマン人からすると、先住民(ケルト人)はすべて「外国人ども」(wealas)だったというわけです。

そしてその外国人たちの住む土地をもこの語で表したのですね。

よって、Wales とは「外国人の地」が原義で、元来は差別的呼称なのでした。


(追記1)

Wales にあたる地域はウェールズ語では Cymru(カムリー)と呼ばれています。Cambria はそのラテン語名であり、Wales の古名、雅名です。

(追記2)

walnut(くるみ)は foreign nut が原義です。「くるみ」は「胡桃」と書きますが、この「胡」という漢字は foreign の意味であり、私には興味深く思えます。

例えば、胡瓜(きゅうり)、胡椒(こしょう)、胡麻(ごま)などの他、北方の異民族を表す胡人(こじん)、胡国、胡服、胡座(あぐら)などに見られます。


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地名が物語る歴史(England の巻)


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England は Great Britain 島で Scotland と Wales を除いた部分を指す名称ですが、

古英語で Englaland(=land of the Angles)、つまり元来は

Angle 人たちの土地

という意味でした。

Angle 人たちとは、

釣針(angul)のような地形の土地(=Schleswig の一地方)に住んでいた人たち

の意です。

よって、England とは

釣針のような地形の土地(=Schleswig の一地方)に住んでいた人たちの入植地

が原義でした。

England には大陸の Angles, Saxons, Jutes, Frisians が来たのでしたが、

Angles で代表しているのですね。


(追記1)

寺澤芳雄 編『英語語源辞典(縮刷版)』(研究社、1999年、p.433)によれば、

Englaland という語はデンマークの Canute 王によるイングランド征服以後に用いられたとされます。

それ以前は民族名でもある Angelcynn(Angle 民族)が国名にも用いられていました。


(追記2)

England の語頭の e は、ゲルマン語の *angli- が、i-umlaut により、語頭の a が e に音変化してできたものです。


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屈折と article の語源


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現代英語の人称代名詞には語形変化がありますね。

三人称を例にとると、単数・男性・主格は he, 所有格は his, 目的格は him です。

また三人称複数はいずれの性も、主格は they, 所有格は their, 目的格は them となっています。

このように、文中で、語が他の語に対する文法的関係を表すために語形を変えることを「屈折」(inflexion)と呼んでいます。


先日の記事で実例を見ましたように、

現代英語に比べますと、屈折(語形変化)は、古英語のほうが、ずっと複雑でした。

現代英語においても、先ほど見たように、人称代名詞だけは屈折が完備しているけれど、

古英語では、代名詞のほかに、名詞、形容詞、冠詞などにも複雑な屈折が備わっていた。

例えば、古英語の名詞には、単数・複数にそれぞれ主格・対格・属格・与格の合計8種の語形がありました。

代名詞の格変化の仕方は、その語が男性・女性・中性のいずれの性に属するかによって違っており、

形容詞や冠詞もそれに応じた屈折を持っていたわけです。

今回、渡部昇一『英語語源の素描』(大修館書店、1989年、p.70)における次の指摘を読み、

冠詞を意味する英語 article の語源が “a small joint” であることは承知していたものの、

「関節」と「折れ曲がる(=屈折)」が「冠詞」と結びつき、膝を打った次第です。


ラテン語 artus は「(大きな)関節」で、その複数は「四肢」という意味もあるが、指小辞語尾を付けた拡張形 articulus は指などの「比較的小さい関節」を指すのに用いられる。文法用語としての article は、「小さくて折れ曲がる(変化する)」という感じで選ばれたのであろう。


(追記1)

芹沢栄『英語の輪郭』(開拓社、1978年、p.71)では、

一般的に、人称代名詞は、頻繁に使用されるため、また対象を明確に指示する必要があるため、かなり完全な屈折の組織を保存する傾向が強い

と指摘されています。


(追記2)

名詞、代名詞、形容詞が、性、数、格の区別を示すために行う屈折を「語形変化」(declension)と言い、動詞の人称(person)、数(number)、時制(tense)、法(mood)、態(voice)の区別をするための屈折を「活用」(conjugation)と呼んでいます。よって、正確には、「語形変化」と「活用」を総括したものが「屈折」という位置づけとなります。


(追記3)

古英語(OE)に定冠詞を認めるか否かについて、宇佐見邦雄『古英語文法研究』(学習院大学、1992年、p.138)より引きます。

OE に定冠詞とよぶべきものが認められるかどうかは困難な問題であるが、ModE の文法形式とか用語を用いて OE 文法を整理することが都合がよいので、とかく ModE の用語を OE にあてはめる傾向がある。

ModE では定冠詞 the と指示詞 that は別個の範疇に入っているが、例えば Have you read the/that novel I recommended? では the と that は入れ替え可能である。OE では se(þӕt, sēo)は事実上 ModE の the と(指示形容詞の)that の範囲をカバーしている。
(p.138)

OE では ModE の不定冠詞に当たるものは滅多に用いられなかった。(中略)実際 OE の慣用からいうと、se, þӕt, sēo と対照的な「不定冠詞」にあたるものは、多くの場合表現されない。(中略)然し特に OE 後期に「不定冠詞」の機能にあたるような用法の ān を見いだすことができる。(pp.139-40)


(追記4)

『現代英語学辞典』(成美堂、1973年、p.429)より引きます。

概していえば、古い時代に多かった屈折が、時を経るにしたがって少なくなる傾向がある。その原因としては、外国語との混交、類推による形態の簡易化、発音にさいして、なるべく少ない労力で済ませようとする欲求、などがあげられる。屈折が失われた結果、ある文法的関係を示すことができなくなった場合、これに代わるべき方法が案出されるようになる。たとえば、英語においては、名詞の格を示す屈折語尾が失われた代わりに、語順(word order)が確立し、前置詞の発達が促され、また動詞の法を示す屈折が失われたことは、助動詞の発達によって償われた。


(追記5)

本記事の執筆に際し、次の文献を参照しました。

風間喜代三『ラテン語とギリシャ語』(三省堂、1998年、pp.109-10)
芹沢栄『英語の輪郭』(開拓社、1978年、pp.68-74)
宇佐見邦雄『古英語文法研究』(学習院大学、1992年、pp.138-40)
大塚高信編『新英文法辞典』(三省堂、1959年、pp.500-1)
『現代英語学辞典』(成美堂、1973年、p.429)


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2013年06月06日

地名が物語る歴史(-caster 等で終わる地名の巻)


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西洋史を繙けば、ローマによる組織的なブリテン島の支配が開始されたのはクラウディウス帝(在 41-54)の治世になってからのことです。

1世紀末には北部を除くこの島の大半はローマの軍隊によって占領され、正式にローマの属州ブリタニアとなりました。

その後4世紀の間にローマの支配は次第に拡大していきます。

ブリタニアはローマ帝国の属領のなかでも重要視されていたと思われます。

というのも、4個師団と多数の補助兵力が配置されていましたし、

最高位の執政官である総督に任じられた人物には、行政面、軍事面での経験豊かな人材が多かったからです。


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ローマの支配は本質的に軍事支配であり、

舗装道路(Roman roads)の道路網と陣営(Roman fort)を駆使したものでした。

支配地域に Roman roads の網の目を張り巡らし、

主要な防御地に、ちょうどその網の糸の結び目のように、castra(陣営;Roman fort)を築き、

軍団を駐屯させたのでした。

こうしたかつての陣営は、のちに町や市に発展しましたので、

Lancaster, Manchester, Worcester など、

現在の地名の語尾(北部・北西部の -caster, 中部の -chester, 南部の -cester)に残っている場合が多く、

こうした地名が多いことからも、いかにたくさんの陣営があったかを窺い知ることができますね。

ブリテン島は歴史が古く、その地名にはローマ時代に遡るものも多いというわけです。


(追記)

本記事の執筆に際し、大野真弓編『世界各国史 1 イギリス史(新版)』(山川出版社、1968年、pp.26-7)を参照しました。


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Stratford-on-Avon という地名の語源


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England 中部は Warwickshire にある Shakespeare の生地 Stratford-on-Avon という地名を語源的に分解し、詳述してみます。


(1)strat- について


strat- はローマ式の舗装道路(Roman road)の意。

via strata(=paved way)の via(=way)が省略されたものです。

なお、strata(=paved)は sternere(=to spread, pave)という動詞の過去分詞で、

現代英語の street や現代ドイツ語の Strasse に痕跡をとどめています。

(ラテン語では修飾語としての形容詞は、ふつう、名詞の後ろに置かれるのですね。)

ローマの支配は本質的に軍事支配であり、支配地域に Roman roads の網の目を張り巡らし、

その要所要所に、ちょうどその網の糸の結び目のように castra(陣営;Roman fort)を置いて、

軍団を駐屯させたのでした。


(2)-ford について


-ford は(川などの、徒歩あるいは馬などで渡れる)浅瀬、渡り場、津の意。

現代ドイツ語の Furt に痕跡をとどめています。

なお、-ford は地名の第2要素として用いられますが、

Cranford, Crawford, Swinford, Shefford, Hartford, Horseford, Oxford など、

第1要素に動物名がくることが多いと Ekwall の地名辞典は指摘しています。(p.184)


(3)on の使い方について


on はあるものへの接触・近接(proximity)を表す前置詞で、「どこどこ附近(near, by)」の意。


(4)Avon について


Avon は Stratford を流れ Severn 川に注ぐ川の名前で、「川」を意味するケルト語に由来します。

つまり、普通名詞が固有名詞化したものです。

一般に、被征服民族の言葉は征服者の言葉に入りにくいのですが、

湖や川などの水系の名前(水名語彙)はそのまま征服者に引き継がれ易い傾向があります。


(5)この組み合わせ全体の意味について


よって、この組み合わせは、語源的に、全体として、


ローマ道路がエイヴォン川の浅瀬と交わる所(にできた町)


の意であることがわかります。

なお、Stratford-on-Avon という造語の仕方としては、

現代ドイツ語の Fankfurt am Mein と Frankfurt an der Oder,

総武線の船橋と京王線の千歳船橋、

豊後竹田と丹波竹田

などといった命名の仕方と類似していて興味深いです。

Stratford という地名がイングランド各地に存在するからこその区別なのですね。


(追記1)

Ekwall の地名辞典は Stratford について

ford by which a Roman road crossed a river

という原義を記しており、

All the Stratfords are on Roman roads.

と追記しています。(p.449)


(追記2)

夏目漱石は Oxford を語源に忠実に「牛津」と訳しましたが、たとえば茨城県新治郡出島村には「牛渡」という地名があります。


(追記3)

ローマ道路は道がカーペットの縦糸、横糸のようにつながっていたようです。


(追記4)

本記事の執筆に際し、以下の文献を参照しました。

Eilert Ekwall, The Concise Oxford Dictionary of English Place-names(4th edition;Oxford:Clarendon Press, 1960)
『英語固有名詞語源辞典』(研究社、2011年、p.151)
渡部昇一『英語の歴史』(大修館書店、1983年)


(追記4)

河川名である Avon に今なら付くはずの the が付かない点について、荒木一雄 監修・小野捷・伊藤弘之 著『近代英語の発達−英語学入門講座・第6巻−』(英潮社フェニックス、2009年、p.44)より引きます。

OE では sēo Wisle(=the Vistula, O.E. Orosius, T. i)を除いて河川名に the は付かない。この古い用法は今も Newcastle-upon-Tyne, Stratford-on-Avon などに残る。ME 初期では Layamon, Brut(?a. 1200)に the が出て来ることはあるが、一般化するのは18世紀になってからである。但し後期 ME になると外国の河川にはたいてい the が付く。


(追記5)

郡司利男『アダムのへそ』(桐原書店、1984年、p.135)より引きます。

すこしこまごまと書いたが、歴史的な研究をする場合、普通の語彙より地名のほうが、古熊で遡ることに注目しておきたかったのである。逆に言うと、物は腐るが言葉は腐らない。したがって一語をたどることによって、古い先史時代の人間の生活に、思いがけない光が当たることがある。その言葉の中でも、地名はとくに残りやすいというところがある。


posted by 石崎 陽一 at 04:34 | Comment(0) | 語源の話 | 更新情報をチェックする

2013年06月04日

Canterbury という地名の語源


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写真は旅行で訪れたカンタベリー大聖堂です。


近くでバザーがやっており、賑わいを見せていたのを覚えています。



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この一角に古本を扱っているテントがあり、

Eilert Ekwall, The Concise Oxford Dictionary of English Place-names(4th edition;Oxford:Clarendon Press, 1960)

を安価で購入しました。

出典・語形などが詳細に示され、「英国地名辞典の基本図書」(『英語固有名詞語源辞典』(研究社、2011年、p.xv)とされている一書です。



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いま、この Ekwall の地名辞典で Canterbury の語源を調べると、


Cantwarabury (754年)


が一番古い出典として記されています。

そして、その意味は


The BURG (=fort or town) of the Cantwara (=the people of Kent)


つまり「ケントの人々の町」です。(『上掲書』p.85)

これはちょうどアメリカ植民者が Kansa という部族の名前をとってその町を Kansas City と呼んだのと似ていますね。



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(クリックすると拡大します)


(追記1)

なお、Cantwarabury において wara は wer (=man) の複数・属格であり、

wer は現代英語の world や werwolf(人狼、狼人間)の下線部に生き残っています。

また、Cantwarabury の後半要素の基になった -burg の部分については、

渡部昇一「古英詩の都市イメージの消失」(『国語のイデオロギー』(中央公論社、1977年)所収(pp.252-3))に詳述があります。


(追記2)

『英語固有名詞語源辞典』(研究社、2011年、p.151)によると、Kansa は部族名で、原義は「南風の人たち」です。


(追記3)

長崎や博多など、江戸時代に中国人が集団居住していた町のことを唐人町と言いますが、ネーミングの仕方は canterbury と同じですね。


(追記4)

中島文雄『英語学研究室』(研究社、1961年、pp.26-7)より引きます。(漢字は新字体に、仮名は現代仮名遣いに改めてあります。)

いうまでもなく -bury は OE. burg の Dative の byrig の発達である。地名は æt Cantwarabyrig のように Dative で用いられることが多かったので、古い屈折をよく保存した南部方言において -bury が一般化したのは偶然でないと考えられる。古くは前置詞を伴ったままの地名が Nominative と感じられ、Bath のことを æt Baðum(Dative pural の形)と呼ぶようなことがおこなわれた。(中略)ドイツの Baden も本来は Dative plural である。


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2013年03月16日

哲学という日本語の語源


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田中美智太郎『哲学のために』(新潮社、1954年、pp.26-7)より備忘のため書き留めておきます。(漢字は新字体に、仮名は現代仮名遣いに改めてあります。)


私たちが今日使っている哲学という言葉は、(中略)徳川末期の洋学者西周によって、ギリシャ伝来の philosophia という言葉の訳語として、つくられたものから取られました。尤も最初の訳語では、ただの哲学ではなくて、希哲学すなわち哲学の上に、希望の希(こいねがうという意味の語)を加えたものを用い、これとならんで希賢学、すなわち、賢ならんことを希うの、希賢の学という訳語をも試みていますが、次第に哲学という語が用いられるようになったわけで、このほかに理学という訳語も、かなり行われていたようですが、結局は「哲学」一本にまとまってしまったわけです。(中略)ただ哲学という言葉だけでは、原語ピロソピアーのもっている、愛智すなわち智を愛し求めるという意味が、すぐには分かりませんが、その一つ前の形である希哲学を取れば、その希哲学の哲は−これもあまり普通には用いない言葉のようですが、智とか賢とかの代わりに用いられる言葉ですから、希賢の意味において、哲学という言葉もまた原語の意味をはっきり示していると言うことができるでしょう。そしてこれがギリシャ人の考えた哲学の意味であって、比較的最近の時代まで、ヨーロッパにおいても、哲学という言葉が、ほとんど学問とか、科学とかいうような、広い意味に用いられていますが、そのわけは、愛智すなわち智恵を愛し、知識を求めるという意味においては、すべての学問が愛智であり、哲学であるということになるところから、容易にこれを理解することができます。


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2013年03月08日

prevent の語源


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田中秀央『西洋古典語語源漫筆』(大学書林、1955年、p.122)より備忘のため書き留めておきます。


その[prevent の]構成要素は、ラテン語の前置詞 praé(プラエ、前に)が接頭辞となったものと単純動詞 véniō(ウェニオー)との合成動詞である。従って、ラテン語では、「前に来る」、「先んじる」、「先行する」というのが普通の意味であって、英語の prevent の普通の意味である「妨げる」という意味は第二義である。英語でも古くは「先立つ」「先んじる」などの意味もあったが、今は失われた。「先行する」から「妨げる」への意味の移行は容易である。「人に先立って歩む」人や「歩む人の前に来る」ものは、しばしば、その人の邪魔になり、その人の行動を妨げるものになりがちであるからである。


なお、ここでは言及されていませんが、「先んじる」から「防ぐ」への意味の移行も容易ですね。


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2013年03月06日

up の語源


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副詞あるいは前置詞の up の語源について、堀田隆一先生が次のように指摘しておられるのを拝読して興味を引かれました。(全文はこちらをクリック。)


原義は「下から上へ」であり、そこから英語の「上に」へつながるのだが、興味深いことに、関連するラテン語 sub やギリシア語 hupó は起点である「下」が焦点化されて「下に」の語義を取ることになった。sub-(下), super-(上), hyp(o)-(下), hyper-(上) など、上下の入り乱れた語義発達である。なお、英語の over も同根に遡る。


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2013年03月05日

ambition の語源


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田中秀央『語源百話−文化史的に見た外来語−』(南江堂、1972年、pp.7-8)より備忘のため書き留めておきます。


この語[=ambition]は、ラテン語の接頭辞 ambi-(まわりに、about)とラテン語の動詞 īre(to go)から来た名詞 ítiō(行くこと、歩むこと、going)との合成である。したがって、このラテン語 ambítiō の第1義は、「歩きまわること」である。古代のローマ(共和政府時代)においては、当時、立身出世の唯一の道である官途につかんと欲する市民は、きらきらと輝く白衣を着て(cf. candidate)、市街を「歩きまわって」、すなわち ambítiō して、戸別訪問などもやって、知人に、道行く人に、自分の目的を告げ、主張を語って、彼ら人びとの援助を、自分への投票を乞うたのであった。かくて「歩きまわる」という第1義から、「阿諛」「追従」「機嫌取り」などという第2義が生じてきた。

ところで、このような人びとは、その腹に、出世の大望、野心、名誉心を抱いているので、ここに第3義として、「大望」「野心」「名誉心」などの意味が生じて来て、現代では、この第3義においてのみ使用せられることになった。この語などは、語源研究が文化史資料として、如何に大切であるかを著しく明示している。



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「集める」「選ぶ」「読む」の共通点


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田中秀央『語源百話−文化史的に見た外来語−』(南江堂、1972年、p.95)より備忘のため書き留めておきます。


légere というラテン語の第1義は、英語の collection の中の lec(leg の変形)でも伺えるように、「集める」であり、第2義は「選ぶ」で、第3義が「読む」である。「集める」「選ぶ」「読む」の3つの行為は、一見かなり異なっているようであるが、「選ぶ」は何かある一定の目的に、規準にそって集めることであり、「読む」は、そこに書かれたる各語を眼で集めることであると考えるならば、この3語の関係は明らかである。


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1人称、2人称、3人称という術語の由来


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田中秀央『語源百話−文化史的に見た外来語−』(南江堂、1972年、pp.130-1)において、1人称、2人称、3人称という術語の文法的起源について以下のように述べられています。

備忘のため書き留めておきます。


文法で、the first person, the second person, the third person という術語があり、それぞれ1人称、2人称、3人称と訳されておる。しかし、その説明に、1人称とは自分は第1に近いから1人称、相手は第2に近いから2人称、噂される者は、この両者より遠いから3人称と称するのだと、一種の心理的説明がせられてあったように記憶するが、若しこの記憶に誤りがないならば、これは、少なくとも、この名称の文法的起源から言うと、誤りである。1人称、2人称、3人称というのは、なにも、そのものの遠近から生じた名称ではなくて、それらの語の文法における配列の順序から来たのである。(中略)例えば、(色んな理由で何れの言語にも例外はあるが)英語などでは、普通の語順は、you, he and I speak であるが、これをラテン語に訳すとなると、ラテン語では、ego(I), tu(thou)et(and)is(he)dicimus(speak)である。


すなわち、3種の異なる人称の語を同時に併せて用いる際、ラテン語では、例えば1人称と称せられる語は第1の位置に、2人称と称せられる語は第2の位置に、3人称と称せられる語は第3の位置に、それぞれ置かれることから名付けられた次第なのですね。


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2012年12月16日

cabinet の語源


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cabinet は cabin に指小辞 -et が付いた形であり、cabin は小屋(hut)を意味するフランス語 cabane から来ています。

よって、cabinet が small private room or office の意味を持つに至ったのは自然の成り行きと言えます。

これは、元来、宮廷の小部屋を指し、王が邪魔者なしに読み書きできる書斎でした。

同時に、王が親しく語り合いたいと思った者を召使いに呼んで来させる、会談場所でもありました。

清教徒革命後の王政復古で英国王となったチャールズ二世(在位1660-1685)は、政策を決定する際、Privy Council(枢密院)へと諮る手間を嫌い、腹心の ministers(大臣)と cabinet(小部屋)で密かに会談し、事を運ぶことが多かったとされます。

そのため、cabinet は密室的な性格を帯びるとともに、その中で行われる「会議」そして「会議のメンバー」を指すに至りました。


(追記1)

本記事の執筆にあたり、井上義昌編『英米故事伝説辞典 増補版』(冨山房、1980年)における‘cabinet’の項(p.111)および、ジョーゼフ T.シップリー著・梅田修他訳『シップリー英語語源辞典』(大修館書店、2009年)の‘cabal’の項(p.116)を参照しました。


(追記2)

渡部昇一『ことばの発見』(中央公論社、1977年、p.220)では次のように述べられています。

ところでミニのミに当たる部分は、おそらく感じの「微」と同じ語源であったろうという推測がなり立つ。「微」は昔はミの音であった。それでこのミニを使った英語は「小」とか「微」の意味を持っているのが常である。

日本語で「大臣」は英語ではミニスター(minister)ということになるが、これは元来は「召し使い」と言う意味であった。語源に忠実に訳せば「小者(こもの)」あるいは「微臣」になる。せいぜい「小臣」であって、日本語で「大臣」と訳すのは、英語から見ては誤訳と言うべきであろう。



(追記3)

指小辞(diminutive)について『研究社英語学辞典』(研究社、1940年、p.307)は次のように述べています。(漢字は新字体に、仮名は現代仮名遣いに改めてあります。)

「幼」「小」「愛」などの観念を表す接辞。またかかる接辞を添えて形成した派生語をいう。

lionet(子獅子)、floweret(小花)、islet(小島)、circlet(小円)、banneret(小旗)、flasket(小型フラスコ)などの語に見られますが、hatchet(手斧)や pocket(ポケット)など多くの語で本来の意味は失われています。


(追記4)

minister という語のける意味の向上について、荒木一雄・宇賀治正朋『英語史VA』(大修館英語学大系10、1984年、p.269)より備忘のため書き留めておきます。

官職名を表す語は社会的な要因の変化にともなって、最初は下級のものであった官職名でも、後にはその社会集団における最高の地位を表すものにのし上がるものがある。minister はその好例で、この語は最初 “a servant, attendant” の意味であったが、“one who carris out excutive duties as an agent or representative of a superior” を経て、17世紀には “a high officer of state” を表すようになった。


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2012年08月03日

朝とあした


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英語の tomorrow にあたるドイツ語は morgen です。

Morgen ist Sonntag.(明日は日曜日だ)
Hast du morgen Zeit?(明日暇ある?)

のように使います。

この語は特定の日を表す語とともに用いると「(いついつの)朝に」の意味が出ます。

heute morgen(けさ)
am Dienstag morgen(火曜日の朝に)


そう言えば、ドイツ語で「おはよう」の挨拶は

Guten Morgen!

でした。



クラーク・ホールの古英語辞典で‘morgen’の項を引くと、現代英語では詩語に用いられる morn として残存していることがわかります。

そして、この、1,500年ほど前の、ドイツ語の方言だった頃の英語では

morning, forenoon, sunrise, morrow

という語義で使われていたことが示されています。

「朝」を迎えると日がかわることから「翌日」という意味が出たのでしょうか。

日本語でも古語であり、今では雅語表現として残存する「あした」が「早朝」を表すのと相まって、興味深い事実だと思いました。


(追記)

OE‘morgen’の語義は J.R.Clark Hall, A Concise Anglo-Saxon Dictionary(Cambridge:Cambridge University Press, 1976, p.240)より採りました。

なお、morning の -ing は中英語期に evening との類推で付せられたとのことです。

また、morrow という語は現在では tomorrow にのみ残っています。


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2012年07月31日

pyrotechnics


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(クリックすると拡大します)


写真に見える pyrotechnics はどんな意味でしょうか。

「文脈から」推測するのも結構ですが、語源の知識があればより正確な類推が可能となります。

pyro- は「火(fire), 熱(heat)」の意を表す連結形です。

異国情緒あふれる綴りからわかるように、この語はギリシャ起源です。

<y>は[ai]と発音します。

ちなみに、石崎は Norman Lewis, Word Power Made Easy で pyromania(放火癖)という単語を通じて覚えました。

語幹の -technics は「技法・技術」を意味する名詞を造ります。

よって、pyrotechnics は「花火技術;花火」の意です。

丸暗記ではなく、土壇場になってもきっちり類推できる力を養いたいものです。


(追記1)

pyro- で始まる語には他に

pyrometer(高温計)
pyroelectiric effect(焦電効果)
pyrogen(発熱物質、発熱因子)
pyrolysis(熱分解)
pyrosis(胸焼け)


などがあります。

pyre と言えば火葬用の「積み薪、薪の山」のことです。

また、「熱(fever)」を表す連結形に pyreto- があり

pyretogen(発熱物質(=pyrogen))
pyretolysis(解熱)
pyretotherapy(発熱療法)


などの例があります。

なお、母音の前では通例 pyret- となり次の語が出ています。

pyretic(発熱の、熱病の)
antipyretic(解熱剤)



(追記2)

本エントリーの執筆に際し、以下の文献を参照しました。

『プログレッシブ英語逆引き辞典』(小学館、1999年、p.1160)
『科学英語語源小辞典』(松柏社、1999年、p.156)


(追記3)

冒頭の写真は2012年7月30日付 THE NIKKEI WEEKLY より採りました。


(追記4)

山中襄太『日本語源の史的究明』(校倉書房、1978年、p.120)に ギリシャ語の pyr と日本語の「火」の類似が指摘されています。


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2012年07月27日

用語の覚え書き


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excrescent(贅音)

『研究社英語学辞典』(研究社、1940年、p.369)より備忘のため書き留めておきます。


語に添加された、語源的には餘剩な音についていふ。

ME whiles > ModE whilst
ME soun > ModE sound



細江逸記『英文法汎論』(篠崎書林、1971年、p.380)には次のようにあります。


whiles は while の属格で副詞の役を勤め、転じて連結となったもので(中略)whilst はこの whiles に、ただ音韻上の理由から意味のない t がついただけのものである。


中島邦男『英語学論究』(南雲堂、1967年、p.267)より引きます。

そもそもこの t はいわゆる excrescent[t]というやつで、何の意味もないけれど、英語には[st]の連音が多く、とくに2人称単数や最上級のように語尾に来るため、つい口ぐせで[t]がつけられたもの。(中略)against, amidst, amongst, whilst などは正常な英語の例。



servile letter(補助母音字)

『リーダーズ英和辞典』(研究社、1999年、p.2253)より備忘のため書き留めておきます。


それ自身は発音されないで先行母音が長音であることを示す文字:hate の e など。



minim

田中美輝夫『英語アルファベット発達史−文字と音価−』(開文社、1970年、p.196)より備忘のため書き留めておきます。


文字の上から下へ書き下す字画


すなわち、m, n, u などの縦棒のことを指して言う用語です。


(追記1)

清水護編『英文法辞典』(培風館、1965年、p.37)に依拠して補足します。

上記引用における属格(Genitive(case))とは PE で言う所有格(Possesive(case))のことです。古くは副詞としても用いられました。今日英語に見られるのは、時や場所、様態を表す副詞に多く、always, nowadays, backwards などに化石的に残っています。あと意外ですが、once(<ME ones)もこの仲間です。

(なお、古い副詞の -(e)s が of-phrase に変わったものとして of course, of a sudden, of late などが挙げられます。)


(追記2)

『研究社英語語源小辞典(デスク版)』(研究社、1970年、p.51)は、whilst の t や sound の d を「剰音文字」という名称で呼んでいます。

他に

astoun ➜ astound
compoun ➜ compound

などにも見られます。


(追記3)

sound の語末の添加音 d を取り去ると看取されるように、この語はラテン語で「音」を表す sonus に由来します。

このラテン語 sonus からは次の語が派生しています。

sonata(奏鳴曲(唄うための曲))

consonant(子音)
★ con-は「と共に」ですので「母音と一緒に発音するとよく響く、子音だけではよく響かない」が原義です。

dissonant(不協和の、不調和な)
★ dis-は否定ですので「響き合わない」が原義です。

unison(音の一致、同意)
★ uni-は「同、一」ですので字義通りです。


(追記4)

excrescent [t] に関しては、大塚高信『英文法点描』(篠崎書林、1956年、pp.122-3)にも詳述があります。


posted by 石崎 陽一 at 16:49 | Comment(0) | 語源の話 | 更新情報をチェックする

2012年07月26日

英語の語彙を構成する本来語と借用語の比率について


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英語の語彙を構成する本来語と借用語の比率を的確に算定することは難しいのですが、『新英語学辞典』(研究社、1982年、p.1297)によると、ゲルマン語系の本来語は15-25%に過ぎず、ラテン語系借用語が約50%、ギリシャ語系が約10%、残りの15-25%が他の諸国語からの借用語とされています。


しかしこの数字は語の起源に基づく計算であり、辞書的に本来語の占める割合が少ないということを示すに過ぎません。『現代英語学辞典』(成美堂、1975年、p.993)によると、現実の使用されている語の使用度数では、本来語が圧倒的に優勢とされています。これは、基本的語彙に本来語が多いためでしょう。


よって、このことから、everyday English でラテン語系の文字数の多い語を多用することは不自然であると言えます。生徒への英作文の指導などで活かしたい統計です。


(追記1)

現代英語の最頻語を借用元言語別に分別した統計値が次のサイトに紹介されています。

こちらをクリック ➜ 現代英語の語彙の起源と割合, 現代英語の語彙の起源と割合(2)


(追記2)

安井稔『英語とはどんな言語か−より深く英語を知るために−』(開拓社、2014年、pp.103-4)より引きます。

まず、英語の本を開いたとする。極めて大まかにいうと、短い単語と長い単語がある。短い単語というのはアルファベット字母で3個か4個以内のものが多い。人称代名詞、be動詞、助動詞、前置詞など、主として文の骨格を整えるために用いられる。

長い単語というのは、実質的な内容や抽象的な概念を表す語で、学術的な用語はほとんどすべてこの部類に入る。短い語と言ったのはゲルマン系の語であり、長い語と言ったのは、ギリシャ・ラテン系のものである。印刷された本のページに現れる単語を種類別にみると、長いほうの語が6割を占めると思われるが、使用頻度という面からみると8割くらいは短いゲルマン系の語が占めるという形になっている。どのくらいの割合が最適であるかということは決定不能であると思われるが、英語という言語は、この点、かなりいい線をいっていると言ってよいであろう。いわゆる斜め読みしたい時には、長い目の単語だけを拾ってゆけばよいことになる。日本語なら、さしずめ漢字と片仮名語を拾ってゆくことになるであろう。



(追記3)

OED をソースとした語種比率の通時的推移の調査報告が次のサイトに紹介されています。古英語から現代英語への各世紀において、語源別にどれだけの新語が語彙に加えられたかが解説とともにグラフで示されています。

OED によるフランス語・ラテン語からの借用語の推移



posted by 石崎 陽一 at 09:22 | Comment(0) | 語源の話 | 更新情報をチェックする
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