2012年01月06日

三層の同義語


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英語では同義語が三つのレベルで見られることが多いと言われています。

例えば time, age, epoch です。

こうした語彙の豊かさは大学受験生の皆さんにとっては悩みの種の一つかもしれませんが、

英語の表現力を増すことに貢献していることはたしかなようです。

以前、言語学者の金田一秀穂氏もある雑誌で次のように述べておられました。


人が世の中のものを見て言葉にする場合、語彙はデジタルカメラの画素数と考えればいい。同じ風景を撮影する場合、200万画素よりも500万画素のデジカメの方が、より正確に、より美しく表現できます。語彙もそれと全く同じです。1万の語彙よりも3万の語彙を持っている方が、はるかに精密に、正確に言わんとすることを伝えられます。
日経ビジネスアソシエ 2007年9月4日号


では、こうした英語に三層の同義語が見られる背景にはどんな事情が隠れているのでしょうか。

今回はそれを英語史的に略述してみたいと思います。


英語の歴史を通観すると、外国語を大量に借り入れた時期が二つあります。

Norman Conquest(1066年)以後、1250年頃から急激になされたフランス語の借用と、

語彙不足から Renaissance 期(1500年頃〜1650年頃)になされた古典語(ギリシャ語、ラテン語)からの借入です。

かくしてエリザベス朝までに英語の語彙は三つの主要な層を成すに至っていました。

すなわち、

基層になるのはゲルマン系の語彙であり、

それにNorman Conquest 以後、教養ある階級の言葉として確立していたフランス語系の語彙が加わります。

そして最上層に書物を通じて直輸入された古典語(ギリシャ語、ラテン語)系の語彙が加わった格好です。


系統の異なった単語による同義語が共存する場合、意味の分化を起こすのですが、

各層の特徴を一般的に言うと

ゲルマン系のものは民衆的(popular)であり

フランス語系のものは文学的(literary)であり

古典語系のものは学問的(learned)です。

しかも中英語期に入ったフランス語は土着語のように感じられるようになっているものが多く、その相違はさほど強く感じられない一方で、

古典語系のものはいわゆる“big words”として認識されやすいという対照があります。

あぁ、必ずしも上記のような特徴があるとは言えませんが、

日本語にも

母ちゃん−お母様−母上

みやびやか−優雅−エレガント

のような同義語の群が見つかりますね。


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次の引用は A.C.Baugh&T.Cable, A History of the English language(London:Routledge, 1993)の§144で、Synonym at three levels について述べている箇所(pp.182-3)です。

受験生の皆さんも読解に挑戦してみてください。

なお、recondite は「(博識が必要とされるほど)難解な」の、
また synonym は「同義語」の意です。

Language has need for the simple, the polished, and even the recondite word. The richness of English in synonyms is largely due to the happy mingling of Latin, French, and native elements. It has been said that we have a synonym at each level---popular, literary, and learned. Although this statement must not be pressed too hard, a difference is often apparent, as in rise---mount---ascend, ask---question---interrogate, goodness---virtue---probity, fast---firm---secure, fire---flame---conflagration, fear---terror---trepidation, holy---sacred---consecrated, time---age---epoch. In each of these sets of three words the first is English, the second is from French, and the third from Latin. The difference in tone between the English and the French words is often slight; the Latin word is generally more bookish.


(追記1)

大野 晋・鈴木孝夫・森本哲郎『日本・日本語・日本人』(新潮選書、2001年、pp.68-9)より備忘のため書き留めておきます。

大野 大和言葉、漢語、カタカナ語とあって、カタカナ語を使うと、なんか高級のような感じがする。例えば、「思いつき」、「着想」、「アイディア」と段階をおって高級になるんですよ(笑)。

鈴木 そういえば、「そいつは思いつきだ」と非難されるけど、「それはいい思いつきだ」とはあまり言わない。



(追記2)

大塚高信『英文法点描』(篠崎書林、1956年、p.206)より備忘のため書き留めておきます。

同じく体温調節のため水気を皮膚の上に滲みだしても、馬は “sweat” し、男は “perspire” し、御婦人は “glow” すると言われる。“glow” は修辞的用法だから別として、“sweat” と “perspire” は、共に「汗をかく」の意味に今でも用いられている。一は英語生えぬきの語であり、他はラテン系の語である。これに類した対の語は “bear” − “carry”, “throw” − “cast”, “shut” − “close”, “hide” − “conceal”, “get” − “obtain”, “buy” − “purchase”, “say” − “remark” のように英語には沢山あり、表される事柄は同一であるが、文体的な「味」の違いを示すこと、恰も「やまとことば」と「漢字」のそれに似ている。


(追記3)

Three layers of the Japanese Vocabulary については以下の記事を参照。

‘Horizontally written letters’: Japanese debates on loanwords



posted by 石崎 陽一 at 00:34 | Comment(2) | 英語史的な説明 | 更新情報をチェックする

2011年12月29日

“if I were a bird”におけるwereの使い方について


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例えば“if I were a bird”という言い方でなぜ主語の I に were が続くのか。

今回はこの疑問に英語史的な観点から答えてみます。


1人称代名詞の I を were で受けるのは現代英語では変則的な形ですが、古英語まで遡ると、よく説明がつきます。

では、まず古英語のbe動詞の直説法と仮定法の過去形をそれぞれ挙げてみましょう。

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これを見れば、問題の were が

「仮定法」過去形(単数)の wære

から来ていることは明瞭です。

ところが時代が下り、

直説法過去形(複数)の wæron



仮定法過去形(複数)の wæren

の語尾が落ち(崩れ)、この wære と同形になって

元来は「仮定法」過去形の wære が、「直説法」過去形の二人称や複数の wære と同一視されるに至ります。

すなわち、昔は、仮定法過去は、人称に関係なく were だったのです。

しかし、元を辿れば

“You(They)were young.”の were はもともと「直説法」の過去形であり、

“if I were a bird”の were はもともと「仮定法」過去形であった。

“I were”という呼応は「規則的」であり、決して「例外」ではなかったのですね。


現代英語では仮定法が古英語のような独自の語形変化をすることがなくなってしまったため、

“I were”というつながりが奇異に思え、例外的な形と見なされるようになりましたが、

英語史的な観点からすれば、実は古英語以来の「残存」形と言うことができます。

今回は現代英語の文法の不規則変化というものの歴史的起源を、一例を交えて述べてみました。


(追記)

慶應大学の堀田隆一先生の記事でも扱われています。


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過去なくして現代はあらず、現代の英語を明らかにしようとするには、しばしば過去の英語を説かなければならない。否、厳密にいうならば過去の英語から由来変遷の跡をたどらずに、現代英語の真相をは握しようとするのは無理である。

細江逸記『英文法汎論 新版』(篠崎書林、1971年、p.13)



posted by 石崎 陽一 at 23:38 | Comment(0) | 英語史的な説明 | 更新情報をチェックする

2011年12月27日

原形不定詞と to 不定詞の起源について


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前回のエントリーでは「不定詞」というネーミングの由来について記しました。

不定詞には文法上の主語がありません。

したがって、

人称や数の制約によって動詞の形が「定められない(不定)」

ということから明治以降「不定詞」という訳語が用いられてきたという説を紹介しました。

しかし、実は、歴史的に見ると、今で言う「不定詞」はその昔、語形変化をしていたのです。

ややこしいなと思われるかもしれませんが、このことから原形不定詞と to 不定詞の起源を垣間見ることができます。

今回はそのことについて少し詳しく書くことにしましょう。


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古英語のいわゆる「不定詞」には2種類ありました。

それが各々「原形不定詞」と「to 不定詞」の起源となります。

まず一つ目。

主格・対格の形として -an の語尾を持つ場合です。

例えば、古英語で singan とは現代英語で言う to sing に相当します。

すなわち、現代英語の

The abbot began to sing.(修道院長が歌い始めた)

は、古英語では

(1) Se abbot ongan singan.

となります。

ここでは動詞の目的語として singan という対格の形が使われています。

これが原形不定詞の起源です。


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二つ目は、与格の形として -anne(または -enne)の語尾を持つ場合です。

例えば、古英語で ētan とは現代英語で言う to eat に相当します。

これは主格・対格の形ですが、to などの前置詞の目的語として使われる際には ētanne という与格の形が使われました。

すなわち、現代英語の

Give us flesh to eat.(食べる肉を与えたまえ)

は、古英語では

(2) Sele ūs flæsc to ētanne.

となります。to ētanne は目的関係を表しています。

これが to 不定詞の起源です。

要するに、原形不定詞と to 不定詞の違いは

「格」の違い

だったのですね。


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現代英語では上の(1)と(2)いずれの場合も to 不定詞が用いられるところです。

歴史的には、(2) のような場合における to 不定詞が次第に用法を拡大し、(1)のような場合における原形不定詞の用法まで担うようになったとされています。

不定詞全体における to 不定詞の使用率は、Fries という学者のデータによると、古英語では25%と限られていたのですが、現代英語では82%とはるかに大きくなっているそうです。


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不定詞が(1)では動詞の目的語に、(2)では前置詞の目的語になっていました。

つまり、不定詞は本来は「一種の名詞」でしたので

「to 不定詞」とは「前置詞 to+名詞」

ということでした。

この前置詞 to は、当然、意味を持っていました。

すなわち、「運動・方向・傾向・目的」などの意味です。

つまり、「to 不定詞」も、to school や to me などと同じ構造だったというわけです。

しかし、元来は意味のあった to も「to 不定詞」として使われるとその元の意味が薄まり、単なる標識というか、動詞に付けた冠詞のようなものになってしまいました。

これは、to 不定詞の勢いが増し、不定詞の用法のほとんどあらゆる面に用いられるようになってきたことと関係があると考えられています。


(追記1)

本記事の執筆にあたり、次の文献を参照しました。

大塚高信 編『新英文法辞典』(三省堂、1959年、p.491)

(追記2)

今からおよそ15世紀ほど前の古英語(Old English)はまだドイツ語の一方言でしたから、現代ドイツ語のように名詞に格変化がありました。

対格というのは今で言う目的格だと考えてください。動詞や前置詞の直接目的語として使う際の形です。

与格も今で言う目的格に相当しますが、こちらは動詞の間接目的語として使う際の形です。

(追記3)

to 不定詞は与格に起源をもつことから「与格不定詞」(dative infinitive)と呼ばれることもあります。

与格の語尾は -enne が本来ですが、主格・対格語尾 -an の影響で -anne という形も使われるようになりました。

ちなみに、この -an や -anne(または -enne)という語尾は後に消失し、現代英語では語形変化をしません。

(追記4)

ちなみに、(2)で登場した sele という動詞の infinitive は sellan です。

現代英語の sell にあたるのですが、この例文のように元は広く“give”の意味でした。

それが段々意味が狭くなって“give for money”の意味となりました。

専門用語で specialization と呼ばれる意味変化の一例です。

(追記5)

古英語がどう読まれたかは、書き残された資料や英語のその後の歴史から推論されており、古英語の綴りはだいたいローマ字読みで構わないとされています。

(なお、æ という文字は現代英語 cat の a の音で[æ]と読みます。sc という綴りはだいたい現代英語の sh の音です。-nn- のような二重子音は常に二重に、すなわち長く発音します。)

また、長母音の上には長音符(マクロン)を付けて区別します。

写本ではいつも母音の長短が示されているわけではありませんが、学習の便宜上、そうする習慣があるのです。

(追記6)

慶應大学の堀田隆一先生が運営されている「hellog〜英語史ブログ」は日頃から多くを学ばせていただいているウェブサイトです。

その質疑応答欄で、後発の to 不定詞が先発の原形不定詞に追いつき追い越してゆくという歴史が概観されています。

備忘のため書き留めておきます。

現代英語には to 不定詞と原形不定詞(原「形」です)の2種類があることになっていますが、歴史的にはおよそ別物といっていいものでした。原形不定詞のほうが起源は古く、いわば本来の不定詞といってよいものです。古英語では典型的に動詞の語幹に -an を付けた形態が「不定詞」と呼ばれており、それが、現代と同様に使役動詞や知覚動詞の目的語の後、及び助動詞の後に用いられていました。この古英語の不定詞の基本的な働きは、本来の動詞を名詞化すること、いわば「名詞的用法」でした。その後、屈折語尾の水平化により -an が失われ、語幹そのものの裸の形態と一致してしまったので、「原形不定詞」と呼び直されるようになったわけです。しかし、使役動詞、知覚動詞、助動詞の後位置に置かれる不定詞としての機能は、現在まで引き継がれました。

一方、「to 不定詞」のほうは、古英語の前置詞 to に、上述の本来の不定詞を与格に屈折させた形態(不定詞は一種の名詞といってもよいものなので、名詞さながらに屈折しました)を後続させたもので、例えば to ganne とあれば「行くことに向けて」つまり「行くために」ほどが原義でした。つまり、今でいう「副詞的用法」には、専ら to 不定詞が使われていたわけです。しかし、形態的には、やはり与格語尾を含めた語尾全体が後に失われ、結局「to + 動詞の原形」という形に落ち着いてしまいました。機能についていえば、to 不定詞は中英語期から近代英語期にかけておおいに拡張し、元来の「副詞的用法」のみならず、原形不定詞の持ち場であった「名詞的用法」へも侵入し、さらにそれを凌駕するほどになりました。

後発の to 不定詞が、先発の原形不定詞に追いつき、追い越してゆくという歴史を概観しましたが、実際には中英語期以降の両者の攻防は複雑であり、どちらでも使用可能な「揺れ」の状況がしばしば見られました。それぞれの持ち場が決定するまでには、長い混乱の時代があったわけです。使役動詞でいえば、make 使役は原形不定詞をとるが、get 使役は to 不定詞をとるというような、現代英語にみられる統語上の差違は、持ち場を争いあった歴史の結果です。make 使役は能動態では原形不定詞ですが、受動態では to 不定詞が用いられるのも、共時的には妙な現象に見えますが、持ち場争いの結果、(不幸にも?)ちぐはぐな分布になってしまったということです。実際、古い英語では make の能動態でも原形不定詞と並んで to 不定詞も用いられていました。この辺りの事情については、http://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/2011-12-23-1.html をご覧下さい。


なお、その後、記事にもまとめられています。

なぜ不定詞には to 不定詞 と原形不定詞の2種類があるのか?


posted by 石崎 陽一 at 21:35 | Comment(0) | 英語史的な説明 | 更新情報をチェックする

2011年12月26日

「不定詞」とは?


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2学期のグラマーの授業で不定詞の単元を学習した際、

「不定詞」という名称の由来について生徒から質問を受けました。

不定詞は常に動詞の原形です。そこで、定まっているとも考えられます。「定まっていない」という文字通りの解釈は成立しないように思えるのですが。

何とも鋭い!

小さなことも「とりあえず覚えてしまおう」で済ませず、根本的なところから見直していく姿勢は重要です。

疑問をもつことが何かのきっかけになる場合が多くあるからです。

今回のエントリーでは「不定詞」という訳語について記しておきたいと思います。


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「不定詞」は英語で infinitive です。

in- は“not”の意味で finite は「制限」の意味ですから、infinitive とは元来「制限を受けない(動詞)」という意味です。

例えば、come という動詞は

I come

he comes

のように、主語の人称や数によって come になったり comes になったりと変化します。

つまり、主語と結んでその制限を受けるわけです。

ところが、不定詞の場合は

(for)me to come

(for)him to come

であって、

(for)him to comes

とはなりません。

すなわち、主語によって、人称や数の制限を受けない、

つまり動詞の形が「定められていない(不定)」ということから明治以降「不定詞」というネーミングがなされたと言われています。

(伊村元道『日本の英語教育200年』(大修館書店、2003年、p.26)によれば、「不定詞」の名称は斎藤秀三郎に始まるとされます。それでは「不定法」と呼んで mood(法)のひとつとされていたといいます。)


(追記1)

本記事の執筆にあたり以下の文献を参照しました。

大塚高信 編『新英文法辞典』(三省堂、1959年、p.491)
福原麟太郎 編『英語教育事典』(研究社、1961年、p.363)
井上義昌 編『詳解 英文法辞典』(開拓社、1966年、p.725)

(追記2)

安藤貞雄・樋口昌幸 編著『英文法小辞典』(北星堂、1991年、p.319)では

字義的には、主語が不定である動詞形の意。つまり、意味上の主語が何であろうと、変化しない動詞形のこと。

と述べられています。

(追記3)

現代ドイツ語では主語の人称や数(単数であるか複数であるか)に応じて動詞の語形を変えます。このような動詞の変化を人称変化といい、人称変化した動詞を定形(または定動詞)と呼んでいます。主語が定まったときの動詞の形の謂いです。英語の不定詞にあたるものをドイツ語でも不定詞と呼びますが、不定形と呼ぶこともあります。

(追記4)

大野晋・丸谷才一『日本語で一番大事なもの』(中公文庫、1990年、pp.189-190)では翻訳を通して外国を理解しようとすると生じる誤解の一例として「不定形」という用語が扱われています。


posted by 石崎 陽一 at 22:51 | Comment(0) | 英語史的な説明 | 更新情報をチェックする

2011年06月22日

will の否定の短縮形が won't である理由


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1年生のグラマーの授業は助動詞の単元が終わりました。

途中、will を学習している際、生徒から

「can の否定の短縮形は can't で
 must の場合は mustn't ですよね。
 なのに will の否定の短縮形が willn't ではなく
 won't なのはなぜでしょうか?」


という質問が出ましたので次のように答えました。

「それは、won't が、歴史的に will とは別の語に由来するからです。」


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すくすく育った
とうもろこし、
あと少しで収穫です^^



実は、古い英語では現代英語の will に相当する語として wil と wol という2つの語がありました。

Norman Davis の A Chaucer Glossary によると、

中英語(Middle English)を代表する詩人であるチョーサー(Geoffrey Chaucer, c.1343-1400)も wil と wol の両形を使っています。

won't はこの古い wol の名残なのです。

“wol not”という句を発音する際、l が後続する n の影響で逆行同化を起こしてwonnot となり、

ここから won't が生まれたのでした。

チョーサーには wol nat という語形が見られますが、

OED によると、won't の形は17世紀、サミュエル・ピープスが1660年代に書いた日記に見られるとのことです。


小さなことも「とりあえず覚えてしまおう」で済ませず、根本的なところから見直していく姿勢は重要です。

疑問をもつことが何かのきっかけになる場合が多くあるからです。


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過去なくして現代はあらず、現代の英語を明らかにしようとするには、しばしば過去の英語を説かなければならない。否、厳密にいうならば過去の英語から由来変遷の跡をたどらずに、現代英語の真相をは握しようとするのは無理である。
細江逸記『英文法汎論 新版』(篠崎書林、1971年、p.13)


(追記1)

本記事の執筆にあたり『英語語源辞典(縮刷版)』(研究社、1997年)で確認をしました。

(追記2)

宮田幸一『教壇の英文法』(研究社、1961年、p.444)にも詳述があります。なお、宮田幸一『教壇の英文法(改訂版)』(研究社、1982年、pp.494-5)では加筆がなされています。

(追記3)

関連記事(助動詞 will の語源)はこちらをクリック

(追記4)

大塚高信『英文法点描』(篠崎書林、1956年、pp.157-8)にも詳述があります。

昔の英語で will に相当する他の形 wol というのがあって、否定語を附した短縮形としては、この形の法が残っているからだといってやれば満足するだろう。(『上掲書』p.158)



posted by 石崎 陽一 at 22:46 | Comment(0) | 英語史的な説明 | 更新情報をチェックする

2011年06月09日

英語は undemocratic な言語!?


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唐突ですが問題です。次の英文を普通の文に書きかえてください。

Cryptogamous concretion never grows on mineral fragments that decline repose.

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posted by 石崎 陽一 at 21:41 | Comment(0) | 英語史的な説明 | 更新情報をチェックする

2011年05月25日

代名詞 you について


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このカテゴリーでは、英語史による説明で、現代英語を理解するのに役立つ点を取り上げます。


先日の関東支部・勉強会にてある先生と話をしていたときに上った話題に、

you は単数にも複数にも用いられ、主格にも目的格にも用いられます。どうしてこんなことになったのでしょうか。

という問いがありました。

そこで、今回は you が単複同形、主格・目的格同形になったプロセスを英語史的に説明したいと思います。


まず、二人称の単数と複数が同形になったプロセスから説明します。

中英語(Middle English)末期の二人称代名詞は、

単数は(主格 thou, 所有格 thy, 目的格 thee)
複数は(主格 ye, 所有格 your, 目的格 you)

と区別して用いられていましたがやがて別の区別が現れてきました。

すなわち、

単数形は親しい者の間や子供や目下の者に話しかけるときなど、
くだけた言い方をする形として用いられ、

複数形は目上の者に話しかけるとき、敬意を表す丁寧な形として用いられるようになったのです。(敬語複数と呼びます。)

こうした敬語法的習慣は、14世紀初頭までにほぼ確立していました。

やがてこの慣行が一般化して誰に対しても複数形を使うのが丁寧であると感じられるようになり、複数形が単数形を駆逐して、複数にも単数にも用いられるようになったという次第。

これが二人称の単数と複数が同形になったプロセスです。


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次に、主格の ye を押しのけて you が主格にも使われ出したことを説明します。

ye, you の両者とも強勢のないことが多く、しばしば弱く発音されたため、主格と目的格が混同される傾向が生じていました。

また、Shakespeare の喜劇にAs You Like It という題名の作品がありますが、この場合の you は元来は目的格なのに主格のように感じられます。

この表現が普及し、後に熟語的表現として定着すると、この認識が確固たるものになりました。

こうしたことに促進されて、混乱を避けるためにも、本来は複数・目的格だった you が ye の代わりに使われ始めたという次第。

これが主格の ye を押しのけて you が主格にも使われ始めたプロセスです。


かくして、現在では you は単複同形、しかも主格・目的格同形になったと考えられています。


(追記1)

英語の歴史は一般に3つの時代に分けられます。そのうち、1100年頃から1500年頃までの英語を指して中英語(Middle English)と呼んでいます。

(追記2)

「やがてこの慣行が一般化して誰に対しても複数形を使うのが丁寧であると感じられるようになり」の件に関して、中尾俊夫氏は「どちらの形を使うべきかという心理的負担のため、あらゆる場合に無難な複数形を用いるようになった」という説明をしておられます。

(追記3)

本記事の執筆に際して次の文献を参照しました。

渡部昇一『英語の歴史』
(大修館書店、1983年、pp.87-89)

中尾俊夫『英語の歴史』
(講談社現代新書、1989年、pp.154-155)


posted by 石崎 陽一 at 11:34 | Comment(0) | 英語史的な説明 | 更新情報をチェックする

2011年05月23日

なぜ[det]と発音するのにdebtと書くのか?


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3年生からの質問に、英語史的な観点から答えてみます。


中英語(Middle English)末期からオリバー・クロムウェルによる清教徒政権の樹立(1649年)までの間を、英国のRenaissance時代と呼びます。

年代的には1500年〜1650年の約150年間です。

この間、Humanism(古典文学研究)が盛んになり、古典を古典語で読む必要から、ラテン語を意識する人の数が多くなりました。

そして中英語(ME)期においては耳から入ってきたフランス語系のことばを、聞こえたままに綴っていたのに、今度はその語の意味を考えて原語(ラテン語)の語形を想起し、(その発音は顧慮せず)なるべくそれに近い綴字に戻す、ということが起こりました。

debtの‘b’という文字は、ラテン語を知っている人たちが英語に持ち込んだラテン語の綴字だったのですね。

(ラテン語ではdebitumと綴られます。)

このような、語源的意識によって綴字が変わったのに発音は変わらなかった例として、他にも

doubt
subtle
salmon
receipt

などが挙げられます。

こうした綴字は「ルネサンス風綴字」(Renaissance spellings)
ないし「語源的綴字」(Etymological spellings)と呼ばれています。


(追記1)

英語の歴史は一般に3つの時代に分けられます。そのうち、1100年頃から1500年頃までの英語を指して中英語(Middle English)と呼んでいます。

(追記2)

本記事を執筆するにあたり以下の文献を参照しました。

K・ブルンナー著/松浪有ほか訳『英語発達史』
(大修館書店、1973年、pp.144,294,375)

F・モセ著/郡司利男・岡田尚 訳『英語史概説』
(1963年、開文社、p.142)

小林智賀平『英語学概論』
(東京堂、1955年、p.305)

渡部昇一『英語の歴史』
(大修館書店、1983年、pp.241-243)


posted by 石崎 陽一 at 03:53 | Comment(0) | 英語史的な説明 | 更新情報をチェックする
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