2016年11月29日

教授法は教師の数だけ存在する。


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中村捷『名著に学ぶ これからの英語教育と教授法』(開拓社、2016年、p.268)より備忘のため書き留めておきます。


教授法には一つの魔法の杖のようなものがあるのではない。教授法は教師の数だけ存在する。教師は、経験の少ない初期には、様々な文献から情報を得て、それを実践し、改良しながら進んでいくことになるが、一定の経験を積んだ後では、自分自身の教授法を持つべきである。その教授法は固定的ではなく柔軟であるべきであって、各自が、その後の研究研鑽によって改善修正しながら、独自の個性的な教授法へと発展させていくべきである。そしてその教授法を絶えず点検改善することによって、さらに進化させるように努めなければならない。これが教師としての責務であると考える。


posted by 石崎 陽一 at 19:40 | Comment(0) | 教師論・学習指導・進路指導 | 更新情報をチェックする
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