2016年08月25日

学校文法の二面性、すなわち不備である面と、便利で実用的である面


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福原麟太郎 編『英語教育事典』(研究社、1961年)より備忘のため書き留めておきます。


伝統的な学校文法が、数々の不備にもかかわらずなお行われるのは、要するにその実用性にある。「結構間にあう」というところにある。(p.83)

便利であるためには簡単な親しみやすい(記憶に便利な)そして紛れのない名前である必要がある。ところが、実際はこのような意味で便利な文法用語をあらゆる文法的事実に求めることはしばしば困難であり、多少の修正を伴うにしても大綱において伝統文法の用語を借り用い、定義をより厳密にするという形をとることになるであろう。(p.117)

文法用語を全く用いない学校文法はないに等しく、しかも伝統的な文法用語に取って代わるべき文法用語はまだ確立されるに至っていない(p.118)

学校文法における用語や定義らしい言い回しをした用語の説明が何故一応は便利で役に立つものであるかということも考えなおしてみる価値があろう。学校文法の用語が長い間用いられてきたことは事実であり、また今後もその多くは用いられるであろうと考えられる。長い間用いられてきたのは、それが単に伝統的なものであったからというだけでなく、それがともかくも有用であったからであると言える。今後も用いられるであろうという期待をいだかせるのもその有用性にある。有用であるのは、ともかくもそれが客観的な言語事実に対応している所があるからである。換言すれば、名詞なら名詞という文法用語に対応する語類があるのである。どのような名前をつけようとも、この語類の存在を否定したり無視したりすることは許されない。(p.119)

学校文法の二面性、すなわち不備である面と、便利で実用的である面(p.119)

定義の形をとっている文法用語の説明は、そのような用語によって指し示される語類を記憶するのに便利な一種のレッテルなのである。「物や人の名前を表す語」という表現は、名詞という語類を学んだあとでそれを記憶するか思い出すのに便利な、いわば記憶の補助手段としてのレッテルであるにすぎない。(p.119)

レッテルで用が足りるのは、教授者と学習者の間にいわば暗黙の了解が成り立っているからである。(p.120)

英語を外国語として学ぶための文法は学習文法、実用文法(p.125)

文法というのは、要するに、多くの言語事実にあてはまる比較的少数の、簡潔な記述であるという言い方が出来る。少くとも文法の本質的な点はこのような「簡潔性」にあるといってよい。(p.125)

有用性あるいは合目的性(p.129)

大綱においては従来の学校文法に立脚し、しかも新しい方法によるすぐれた点は実質上これらをとり入れてゆくという態度をとることになろう。(p.142)


posted by 石崎 陽一 at 10:11 | Comment(0) | 文法の学習・指導 | 更新情報をチェックする
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