2016年08月08日

英語を使うことについての緊急性


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家入葉子『文科系ストレイシープのための研究生活ガイド 心持ち編』(ひつじ書房、2009年、p.50)より備忘のため書き留めておきます。


日本人は英語を学校教育の中で学びながら、少しも語学力が上達しない、と世間はいう。(中略)何でも周りの環境のせいにする姿勢自体が、学ぶことから自分を遠ざけているとも言える。しかしもっと本質的なことは、英語を使うことについての緊急性が、日本の場合には、社会として低いということである。「現代社会では英語の運用能力は不可欠である」と叫んでみたところで、多くの場合に、その響きは空しい。人々の多くは、「いつか英語ができるようになれたらうれしい」という気持ちで英語に取り組んでいるにすぎない。「海外旅行をしたときに、英語を自由に話すことができればうれしい」という人もいる。だが、その人は一生の間にいったい何回海外旅行に行くのであろうか。もちろん、だからといって英語を学ぶ必要がないと言っているわけではない。社会も今後どんどん変化していくだろう。また、英語を自由に操ることができる人口が増えることが、社会の変化につながる可能性もある。


posted by 石崎 陽一 at 03:02 | Comment(0) | 教師論・学習指導・進路指導 | 更新情報をチェックする
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