
「[何々] を自由にとって飲食する」を表す表現に
help oneself to [何々]
という言い方があります。
例えば「ピーナッツをご自由にお取りください」であれば
Help yourself to some peanuts.
となるというわけです。
この表現は、たいてい、代名詞の単元のもとに置かれ、
「他動詞+ oneself」の慣用表現
として片づけられることが多いようです。
生徒から、
なぜ help oneself to[何々] の表現で to を用いるのか
という疑問が出されました。
小さなことも「とりあえず覚えてしまおう」で済ませず、根本的なところから見直していく姿勢は重要です。
疑問をもつことが何かのきっかけになる場合が多くあるからです。
以下に私なりの回答を記したいと思います。
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まず、前提知識の共有からまいりましょう。
中野清治『学校英文法プラス−英語のより正確な理解に迫る−』(開拓社、2012年、pp.106-8)によれば、
前置詞は目的語をとるため、小動詞と呼ばれる。そのため、日本語訳では動詞表現にして前置詞の意味を明確にすることが多い。
とされます。例えば
(1)The nurse waved me into the room.
という英文は
「看護師は手を振って部屋に入るように合図した」
の意を表しています。
さて、私たちが社会生活を行う上で大切な行為を表す動詞に help があります。
小西友七『英語基本動詞辞典』(研究社出版、1980年、p.711)によれば、
援助、促進を必要とする人[物、事]に対して力、物資、安心、効果などを与えて必要を満たしたり目標を達成させる
というのがその中核的意味です。
(2)Let me help you into your clothes.
これは「服を着るのを手伝わせてください」の意を伝えています。
ここで、2つの下線部 you と into your clothes の間には
your body が your clothes の中に収まる(into)
のに手を貸すという関係が成り立っているのがわかります。
(3)Let me help you out of your clothes.
これは「服を脱ぐのを手伝わせてください」の意を伝えています。
ここで、2つの下線部 you と out of your clothes の間には
your body が your clothes の中に収まった状態から脱する(out of)
のに手を貸すという関係が成り立っているのがわかります。
(4)I helped my mother across the street.
これは「母に手を貸して通りを渡してあげた」の意を伝えています。
ここで、2つの下線部 my mother と across the street の間には
my mother が the street を横断する(across)
のを介助するという関係が成り立っているのがわかります。
では、次の英文はいかがでしょうか。
(5)May I help you to some more meat?
これは「肉をもう少し盛りましょうか」の意を伝えています。
ここで、2つの下線部 you と to some more meat の間には
you が some more meat に到達する(to)
のに手を貸すという関係が成り立っているのがわかります。
つまり、you が指している人物自身は手を下さず、この発言をした人が手を動かすという構図になっています。
この場合の help は日本語の「盛ってやる、よそってやる、取ってやる」に近い意味を表しています。
では次の例を見てみましょう。
面白いことに、この場合、(5)とは異なり、
人の手を借りずに自分の手を動かし自分で取った
という構図になっています。
(6)They invited us to take as much food as we wanted, so I helped myself to some fruit.
これは「彼らが私たちの好きなだけ食べていいと勧めてくれたので、私は果物をもらった」の意を伝えています。
ここで、2つの下線部 myself と to some fruit の間には
myself が some fruit に到達する(to)
のに手を貸すという関係が成り立っているのがわかります。
(このように、再帰代名詞(oneself)は、前にある名詞・代名詞を受けて「自分自身」の意味を表します。主語と目的語が同じ人、同じ物のときは、目的語に再帰代名詞(oneself)を使うのですね。)
この場合、myself が some fruit に近づくのを自ら介助した、つまり人の手を借りずに自分の手を動かし自分で取ったという関係になっています。
さて、いよいよ、「サラダをご自由にお取りください」など、目の前の人(々)に対して伝える場合を考えてみましょう。
これは次のように言うことができます。
(7)Help yourself to the salad.
ここで、2つの下線部 yourself と to the salad の間には
yourself が the salad に到達する(to)
という関係が成り立っているのがわかります。
こちらも、人の手を借りずに自分の手を動かし自分で取ったという構図になっています。
(なぜ yourself となっているかと言えば、潜在している主語が you だからです。)
以上、help oneself to [何々] という表現において to が用いられている理由について考察しました。
この記述が冒頭の疑問に対する答えとなっていることを願っております。
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理屈で割り切れないことも多いけれども、
そして、実戦的には、四の五の言わず、表現を使用する場面ごとにこういうときはこう言う、と丸呑みする必要もあるかもしれないけれども、
今回のように他例への応用可能性がある程度高い事項についてはある程度こだわる価値があると私は考えています。
生徒たちには何に対しても疑問をもつ姿勢をこれからも大事にしていってもらいたいと思います。
(追記1)
慶應大学の堀田隆一先生が運営されている「hellog〜英語史ブログ」は日頃から多くを学ばせていただいているウェブサイトです。
その2月11日付の記事で言語学的,英語史的な側面からコメントをいただきました。堀田先生、ありがとうございます。
● Help yourself to some cake. における前置詞 to
(追記2)
『斎藤和英大辞典 覆刻版』(名著普及会、1979年、p.988)は「手酌」の項で I helped myself to the wine. という例文を挙げ、「手酌で飲んだ」という訳を添えています。「手酌」と訳すのはさすがうまいなぁと思いましたが、手酌するのは wine でないほうが今ではしっくりくるのではと思いました。
(追記3)
最近はセルフサービスというカタカナ語が定着した感じがありますが、日本語には「手盛り」という言葉がありますね。「お手盛り」というと若干意味合いが変わってくるのも面白いところです。
(追記4)
「[誰々]に[何々]をおごる、ごちそうする」の意を表す treat [誰々] to [何々] という表現における to の使用についても同様の説明ができそうです。
(追記5)
次のようにも使えるのですね。
● help oneself to the money of someone(誰々のお金を勝手に使う)
● help oneself to the money of the company(会社の金を横領する)
● spot an unoccupied seat and help oneself to the chair(誰も座っていない席を見つけて勝手に座る)