2014年08月10日

言語というものの根本的事実と文法上の研究について


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大塚高信『英文法点描』(篠崎書林、1956年、pp.139-40)より備忘のため書き留めておきます。


言語というものが、人間の頭の中で構成され、口を通して語られ耳によって聞かれるものであるという根本的事実を心得ておれば説明がつく。我々の頭の働きは、記憶力という点だけからみても、或る程度すぐれてはいるが、不完全なところも多い。また我々の頭は、物事を統一化しようとする傾向をもっている。即ち類推による簡易化統一化は、人間の頭の働きの特徴である。同時に、不完全な類推もし、誤った推論をして気づかないでいる。耳に聞いて快いことは、習慣を無視し、統一を破っても認められ、口に出して容易ならば、規則性をも犠牲にする。

一方では、言語は規則的になろうとする。するとまた一方では、種々の原因から不規則的になろうとする。この規則的ならんとする傾向と、不規則的ならんとする傾向の相剋が具体的言語の姿である。だから文法上の研究は、規則性に着眼した組織としての研究と、不規則性に着眼しての反規則的な箇々の事実の説明、その何れかにある筈である。




posted by 石崎 陽一 at 09:59 | Comment(0) | 教師論・学習指導・進路指導 | 更新情報をチェックする
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