2013年07月26日

引用の背景にある言語状況


General Prologue.JPG

(クリックすると拡大します)



『カンタベリー物語』(The Canterbury Tales, mainly 1387-88)のプロローグに次の一節があります。(拙訳を付します。)


And Frenssh she spak ful faire and fetisly,
After the scole of Stratford atte Bowe,
For Frenssh of Parys was to hire unknowe.

そして彼女はフランス語を実にうまく、また優雅に話した、
Stratford-at-Bow の流儀に従って、
というのも、パリのフランス語は彼女に知られていなかったのだから。



prioress のことを描写しているシーンですが、

彼女の話す「Stratford-at-Bow の流儀に従っ」たフランス語とは

Anglo-Norman(Norman French, Anglo-French)、すなわち英国風のフランス語を指しています。

Norman Conquest(1066年)以来、英国の上流階級の第一のことばはフランス語でしたが、

それは Central French、すなわちパリを中心として話されている純粋のフランス語ではなかったのですね。

上の一節は、Central French を知っている Chaucer が都会のことばではなくて田舎の方言(Anglo-French)を話している者を皮肉っている場面なのです。


以下に語学面からの解説を付しておきます。

■ spak は現代英語に逐語訳すれば spoke です。speak の過去形ですが、実はこの方が正しい古形を伝えています。現行の spoke は過去分詞の影響によってできたものなのですね。類例に drave(=drove), tare(=tore), bare(=bore), ware(=wore)などがあります。なお、聖書にも同じ形が見られます。以上、大塚高信『シェイクスピア及聖書の英語』(研究社、1967年、pp.110-1)に基づいて記しました。

■ ful faire and fetisly は現代英語に逐語訳すれば fully well and elegantly です。当時は -ly の他、-e も副詞語尾なのでした。なお、寺澤芳雄 編『英語語源辞典(縮刷版)』(研究社、1999年)の fetish の項(p.495)によれば、

現在廃語となっている☨featous(<ME fetis)「巧みに作られた、立派な」は OF faitis からの借入語で、現在でも方言に featish elegant, pretty good として残っている。

とのこと。古語の feat(適当な、ふさわしい;手際のいい、巧妙な、うまい)とも関連があります。

■ scole は現代英語に逐語訳すれば school(流儀、流派)です。

■ Stratford atte Bowe は現代英語に逐語訳すれば Stratford-at-Bow です。atte は at the(ӕt þe)のつずまってできたものです。ちなみに、これが今日の at best などの at のもとになっています。この at には the がすでに含まれているのですが、それが忘れられて at the best などという表現がさらに造られたわけです。

■ hir は現代英語に逐語訳すれば her です。

■ unknowe は現代英語に逐語訳すれば unknown です。


(追記1)

引用は『カンタベリー物語』の本文は大山俊一『カンタベリー物語・プロローグ』(篠崎書林、1931年、pp.5-6(ll.124-6))より行いました。

(追記2)

慶應大学の堀田隆一先生の運営されているブログで、引用の背景にある言語状況に対する再評価を主張する説が紹介されています。

Prioress の Anglo-French の地位はそれほど低くなかった



posted by 石崎 陽一 at 10:46 | Comment(0) | 英語史的な説明 | 更新情報をチェックする
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