2013年05月04日

日本人英語教員の役割と責任


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鳥飼久美子『戦後史の中の英語と私』(みすず書房、2013年、p.205)より備忘のため書き留めておきます。


長く続けた「百万人の英語」を担当していて私が常に抱いていた信条は、日本で生まれ育っても英語は話せるようになる、ということだった。当時は外国語教育理論も第二言語習得理論も、その存在さえ知らなかったので、単純に「私ができたのだから、みんなもできる」と信じていたに過ぎない。しかし、その後、さまざまな理論を学び、自身でも研究して、その信念が変わったかといえば、本質的には変わっていない。教師になってからは、日本人英語教員の役割は大きい、と主張し続けている。教員自身が英語を学習して日本人学習者は英語のどこがどのように難しいか熟知しているのだから、ネイティブ教師任せでは日本人教師として責任放棄だ、と考えている。


posted by 石崎 陽一 at 09:47 | Comment(0) | 最近読んだ本からの気づき | 更新情報をチェックする
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