2013年04月27日

事実と意見


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堺屋太一・鈴木孝夫・木下是雄・言語技術研究会『マニュアルはなぜわかりにくいのか−日本語と経済の情報摩擦』(毎日新聞社、1991年、pp.234, 236)より備忘のため書き留めておきます。


私[=木下是雄]と欧米流の言語技術教育との出会いは、一九七六年に同僚の化学者が米国から帰ってきて、お子さんが現地校で使っていた教科書を見せてくれたときである。パッとあけたページに、

ジョージ・ワシントンは米国の最も偉大な大統領であった。

ジョージ・ワシントンは米国の初代の大統領であった。

という二つの文がならび、「どちらの文が事実の記述か。もう一つの文にあるのはどんな意見か。事実と意見とはどうちがうか」と訊いてあった。そしてそのページの脇には、枠囲みにして次の注があった。

事実とは証拠をあげて裏付けすることのできるものである。

意見というのは何事かについてある人が下す判断である。ほかの人はその判断に同意するかもしれないし、同意しないかもしれない。

私はこれを見て衝撃を受けた。というのは、物理の専門誌の閲読者(投稿論文の審査員)としての長年の経験によって私は、日本人は論文の中でとかく「事実の記述」と「意見(自分の考え)」とを混同しがちなことを知っていたからである。私は、「こどもの時からの教育がちがうのだ」と膝をたたいた。(後略)

事実の記述と意見とを厳密に区別し、両者を全く別物として扱うことは、説明・論述文を書く上で最も基本的な心得だ。したがって、その後しらべたところによると米国では、事実と意見の読みわけ、書きわけが小学校から大学に至るまでの言語技術教育でくりかえし取り上げられている。



(追記1)

『上掲書』(p.237)によると、「文献を明示してその中の記述を正確に引用した場合には(たとえその記述の内容が誤っているとしても)事実の記述とされ」ます。

(追記2)

ケリー伊藤『使える英語へ−学校英語からの再出発』(研究社、1995年、p.75)より備忘のため書き留めておきます。

異なった内容と言えば、ある事実とそれに対するコメントも、英語的に見れば異なる視点の問題なので、日本語のように一緒にすることは避けてください。私がよく引き合いに出す次の文で、私の言わんとするところをくみ取ってください。

・Jane is a beautiful music teacher.

これは文法的には少しも誤りではありませんが、英語の感覚で見ると2種類の情報が入っています。

beautiful という形容詞はこの文を述べている人の気持ち、つまり comment であるのに対して、music は事実(fact)ですね。普通このような内容の時、英語が母語の人ならまず Jane is a music teacher. なり Jane teaches music. などと事実を述べてから、She is beautiful. あるいは ...lovely. と感想を述べるはずです。


(追記3)

マーク・ピーターセン『実践 日本人の英語』(岩波書店、2013年、p.192)では、So there are extremely many kinds of animals which are pets, I think. という英文に対して、

I think は、書き手の「意見」を示す表現なのに、ここで言われていることは「意見」ではなく、誰でも知っている事実

と述べ、

日本語には、とかく「断定」を避けて遠回しに表現しようとする傾向があるからか、「意見」ではなくても、文末に「〜と思う」と付ける場合が多いようである。

と誤用の原因を分析し、

当たり前の事実を述べるときに I think を付けると、とても奇妙に響く

と結んでおられます。


posted by 石崎 陽一 at 18:51 | Comment(0) | 読解の学習・指導 | 更新情報をチェックする
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