2013年04月02日

【連載】現代標準英語における二重否定の使用回避を促した要因について(最終回)



結論


個人の努力次第で容易に社会的上昇が可能だという18世紀の社会情勢の下で、規範性を持った文章案内が当時の人々の間で切に望まれていた。

出世するには少なくとも社会の上層部の人たちが vulgar とみなすような語法は避けねばならず、逆にかれらが refined とする、つまりかれら自身が用いるようなことば使いを身につけることが必然的に求められたからである。

「自分の腕一本でたたき上げた人間が出世街道を歩んでいくときに、親切なことにもその街道に沿って体系的に仕組まれた落とし穴の数々」(A system of pitfalls thoughtfully prepared for the feet of the self-made man, along the path by which he advances to distinction)とビアス(Ambrose Bierce, 1842-1914?)は文法のことを皮肉ったが、

「落とし穴」の場所をいちいち指摘してくれるような手引きが切望されていたわけである。

しかもその手引きはその使用者(学習者と指導者)を考慮すると「明確で、かつ信頼に足る」ものである必要があった。

そこに、それを指南するにふさわしい人物が現れてこうした需要に応える本を供給したのである。

絶大なる学問的、宗教的、そして社会的権威を持つ人物が出世街道の道しるべとなるべき書物の中で、「明瞭にかつ断固として」(simply and firmly)「英語においては2つの否定語は互いに打ち消し合い、肯定と等価となる」と明言したのだ。

この記述はかなりの信憑性とをもって読者に受け入れられたにちがいない。

「彼の声明は広く神の啓示の如く受け入れられ、これ以後、教養人のほとんどは二重否定を注意深く避けてきている」(... his[Lowth's]statement was quite generally accepted as revelation, and most educated people have been carefully avoiding double negatives from this time on.)ということになっても何ら不思議ではなかったのである。

クノレックの論旨の通り、‘Zwecktätigkeit’の優先された時期にあって、否定が殊更に強調されたような感情的な文章は格調高いというよりもむしろ卑俗な印象を与え、それ故、上流階級の人々によって自発的に二重否定の使用が控えられるという傾向はたしかにあったであろう。

しかし、ラウスが「否定の否定は肯定なり」という論理を英文法に導入し明文化したことの意味は無視できるものではない。

このことによって、それまで自分の語感に頼ってその使用を避けていた教養階級の人々にも、そしてまた、このような語法を卑俗と感じる人たちに認められる物言いの仕方を学ばんとする庶民たちにも、明確な規準が与えられ、その規準に照らすことで、初めて、二重否定の使用をはっきりと意識して避けられるようになったのである。

二重否定の問題の意識化を促し、その消滅を促進する役割をラウスの文典は果たしたと言うことができる。二重否定の消失にとどめを刺したのはラウスだったとして過言ではない。


(追記1)

「自分の腕一本でたたき上げた人間が出世街道を歩んでいくときに、親切なことにもその街道に沿って体系的に仕組まれた落とし穴の数々」(A system of pitfalls thoughtfully prepared for the feet of the self-made man, along the path by which he advances to distinction)というビアスの記述は Ambrose Bierce, ‘The Devil's Dictionary’ in The Collcted Works of Ambrose Bierce, vol.Z(1911;rpt. Tokyo:Hon-no-tomosya, 1996, p.121)より引いた。

(追記2)

「明瞭にかつ断固として」(simply and firmly)という文言は Myers(p.227)より引いた。

(追記3)

「彼の声明は広く神の啓示の如く受け入れられ、これ以後、教養人のほとんどは二重否定を注意深く避けてきている」(... his[Lowth's]statement was quite generally accepted as revelation, and most educated people have been carefully avoiding double negatives from this time on.)という記述は Myers(p.227)より引いた。


(完)



posted by 石崎 陽一 at 23:00 | Comment(0) | 連載 | 更新情報をチェックする
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