2013年02月03日

【連載】現代標準英語における二重否定の使用回避を促した要因について(その9)



ラウスの学問的・社会的地位


まず、主として The Dictionary of National Biography に拠って、ラウスの背景について述べてみよう。

A Short Introduction to English Grammar を書いたとき、彼はオックスフォード大学の詩学教授(professor of poetry)であり、ヘブライ語の詩に関する講義を行っていた。

その講義は「極めて学識に富んだ」(remarkably learned)内容のものだったといい、退官後に Prælectiones de Sacra Poesi Hebræorum として出版されたが、これに対して後年、オックスフォード大学から Doctor of Divinity を与えられている。

この他、ヘブライ語は楽園の言語であると信じて、これをつぶさに研究しており(Hebrew was, he[Lowth]believed, the language spoken in Paradise;he studied it critically)、

その精通した知識は全欧的な評判であったということである(his[Lowth's]knowledge of it[Hebrew]gained him[Lowth]a European reputation)。

そして、ヘブライ語以外にもギリシャ・ラテンなどの古典語に通じ、数カ国の近代語にも造詣が深く、古英語の知識も当時としては驚くべきものを持っていた。

また旧約聖書の詩的な美しさをいたく評価していて(with a keen appreciation of the poetic beauty of the Old Testament scriptures)、

「はじめて聖書の詩篇を文学として扱った者のひとり」(one of the first to treat the Bible poetry as literature)である。

学生時代は名門ウィンチェスター校を経てオックスフォード大学の New College を修了するまで、奨学生として過ごすほどの「勤勉な学徒」(an industrious student)であったというが、

このように、出版当時の彼は「学識、物腰、ともに洗練されたる学者」(an accomplished and elegant scholar)として誉れ高き神学博士だったのである。

一方、聖職者としても学問の世界におけると同様の権威が彼にはあった。

聖職に就いたのはオックスフォード大学に奉職する以前であったが、ウィンチェスターの助祭長(archdeacon)に任命されたのとほぼ同じ時期に、輝かしい業績を築き上げた学者生活に区切りをつけ、

その後はオックスフォード大学の司教にロンドンの司教、王室礼拝堂の主席司祭(dean of the chapel royal)に枢密顧問官(a privy councillor)にと任命されては歴任し、ひいては国王からカンタベリーの大司教(archbishop)の座を提供されるといった具合なのである。

もっとも、大司教の座は自身の結石の病いや家族の災厄などを理由に辞退している。

当時の司教や主席司祭といえば

「精神的な面のみならず、経済的、社会的な面でも貴族に匹敵する、いやそれをしばしば超える権威と権力の地位」

であり、

「大司教の宮廷席次は首相よりも上」

であったというから、

彼の発言の社会的な影響力は推して知るべしである。

高い宗教的権威が、社会的権威にも連なっていたわけであり、出版当時の彼はその見識が大いに注目されて然るべき地位に居たと言ってよい。


(追記1)

ラウスの背景に関する記述は The Dictionary of National Biography(London:Oxford University Press, vol.Ⅻ, pp.214-16)に基づいている。

(追記2)

「古英語の知識も当時としては驚くべきものを持っていた」という記述は Myers(p.223)における He[Lowth]... had a surprising(for his time)knowledge of Old English. という記述に基づいている。

(追記3)

「はじめて聖書の詩篇を文学として扱った者のひとり」という記述は Chamber's Biographical Dictionary(1897;rvs. Edinburgh:W.&R. Chambers, 1949, p.605)に基づく。

(追記4)

当時の司教や主席司祭の地位と大司教の宮廷席次に関する記述は渡部昇一『英文法を撫でる』(東京、PHP研究所、1996年、p.176)に基づく。


(この項続く)



posted by 石崎 陽一 at 09:03 | Comment(0) | 連載 | 更新情報をチェックする
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