2012年10月16日

外山滋比古先生の肉筆原稿

Vol.8_渾然一体―言霊のさきはふ国―.pdf
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振り返りますと、外山先生のご著作との出会いは大学入試においてでした。

上智大学外国語学部の国語の問題が、『修辞的残像』を素材に出題されていたのですね。

試験ということを忘れてただただ読み耽る。


外国語を読む場合には、誤解を恐れる気持がなかなか消えない。


で始まり、


繰返して言えば、言語における単純誤解は除かれるべきものである。しかし、誤解をすべて一概に否定してしまう考えには、いま一つ反省は必要である。人間精神の深層に根ざし、理解をも支えている心的要素によって起る誤解に対しては、新しい態度をもって臨まなければならないであろう。


で終わるこの一節(pp.90-7)に強く惹かれた私は、

当時は問題冊子を持ちかえることが許されていなかった関係もあり、

問題の末尾に示された出典を心に刻み、

入試の後、早速、四ッ谷から神保町は古本屋街へと繰り出し、小宮山書店にて『修辞的残像』(みすず書房、1968年)を1,400円で購入したのでした。

「伝達のグラマー」と題するこの一節との出会いがどれほど印象的だったかは、20年(!)を経た今でもこの経緯を鮮明に覚えていることからもわかります。

それ以来、先生のご本は専門書や文庫本、対談集も含め、恐らくほぼすべて所有し、精読・味読しています。

(いちばんのお気に入りは『赤い風船』(福武文庫、1986年)ですかね。)

石崎はこの名エッセイストに大きな影響を受けまして、勧めておられる著者の著作を手当たり次第に購入しては読破していったほどです。

文体にも感化をされました。

先生の肉筆原稿は、いまアルクさんのグループ会社で翻訳を手がけるトランネットさんのホームページにおいて PDF 形式で閲覧・入手することができます。(こちらをクリック。)

この週末は、こちらのHPからダウンロードさせていただいた肉筆原稿をお手本に、模写で原稿用紙の升目を埋め、息吹を肌で感じようと考えています。


Vol.01 訳せぬ「であろう」?
Vol.02「私」の問題
Vol.03 段落とパラグラフ
Vol.04 △ と ▽
Vol.05 象は鼻が長い
Vol.06 敬語の妙
Vol.07 言文不一致
Vol.08 渾然一体 ― 言霊のさきはふ国 ―
Vol.09 あいまいの美学
Vol.10「文法がない」?
Vol.11 アイランド・フォーム ― 以心伝心



posted by 石崎 陽一 at 21:39 | Comment(0) | 今日知ったこと、得たこと | 更新情報をチェックする
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