2012年08月03日

空間と格闘中


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公立、私立を問わず、全国津々浦々、他校、他校種の先生方との交流の幅がここ数年で大きく広がりました。

「あんたのブログ読んでるよ」

「勉強させていただいてます」

などと声を掛けていただく機会が増え、恐縮するとともに嬉しく思っています。


最近尋ねられることの多い質問に、「ブログで様々な資料を援用されていますが、そうした資料はどうされているのですか?」という問いがあります。

ええ、このブログで言及したり記事に活用したりしている書籍類は、すべて所有しています。

渡部昇一先生の学恩は言葉では尽くしがたいのですが、「本は身銭を切って手許に置くべし」という教えはその中でも私の軸になっている発想法なのです。

『知的生活の方法』(講談社現代新書、1976年)より引用させていただきます。


時間は一たび流れ去れば永遠に帰らない。(中略)その時間の倹約のためにも、なるべくなら図書館の本を借りずに自分の本を使うのである。借りた本は、赤線をひいて自分の手許に置くわけにいかない。借りた本は返さねばならず要るときに手許にないから、要点をカードなどに取るなどということになってしまうのである。(p.111)


まさにその通りで、書籍類が手許にあるおかげで、深夜でも研究や教材作りをしたり、記事を書いたりすることができています。学生時代から細々と自分に関心のある分野の書籍類を集めてきて大正解でした。


個人の「蔵書(ライブラリイ)」はいくら小さくても、その人の「図書館(ライブラリイ)」なのである。六畳一間の下宿生活でも、その三方に身銭を切って集めた本があれば、それはライブラリイであると観ずべきである。(p.71)


現在の住まいを新築する際、私が強く要望したのは8畳の書斎でした。その要望を実現させ、必要な本は自由に買わせてくれる家人には感謝しています。


知的生活とは絶えず本を買い続ける生活である。したがって知的生活の重要な部分は、本の置き場の確保ということに向かざるをえないのである。(p.95)


井上ひさし氏の言われるように、書斎に並べた本は私の「脳味噌」ですから、おいそれと処分することはできず、相変わらず空間との格闘を続けています。


将来的にはウッドデッキの下辺りに書庫を設けたいというのがいまの望みです。


posted by 石崎 陽一 at 17:44 | Comment(0) | 近況報告・雑感 | 更新情報をチェックする
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