2012年08月01日

“everything of something”よりも“something of everything”を


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『新英語教育講座 第一巻』(研究社、1956年)に所収の市河三喜「英語教育総説」(p.62)より備忘のため書き留めておきます。(漢字は新字体に改めてあります。)


大多数の人々即ち何千何万という人達は、生きた英語を身につけて、或いは教養に或いは実用に役立ち得るよう修行すればよいのである。それがためには“everything of something”(何かについてあらゆること)よりも“something of everything”(あらゆることについて少しばかり)を心得て置くことが肝心である。実際、英語の先生は何でも知っていなければならないと思うことがよくある。

(中略)

こういう風に一方に全人的知識教養が要求せられると共に、他方に於て英語教師は英語教師として単に英語の表面的知識材能ばかりでなく、英語の背景をなす諸般の項目についても一通り通じておかなければならない、というのであるから今後の英語の先生に対する期待は非常に大きいわけである。



(追記)

田中菊雄先生は『現代読書法』(講談社学術文庫、1987年、p.121)において

自分の専門については一切を知り、しかも他のあらゆる分野の人間活動についても常に関心をもって、多少を知ることを心掛けることが大切である。

To know everything of something and something of everything.
(ある事のすべてを、すべての事について多少を知る)

ということが大切である。

と述べておられます。



posted by 石崎 陽一 at 20:24 | Comment(0) | 最近読んだ本からの気づき | 更新情報をチェックする
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