2012年06月30日

比較の対象を表す to に対する疑問(その1)


P4244910.JPG


car ferry は自動車を乗客や積荷ごと運ぶ大型船です。


ここから類推できますように、fer という語幹は「運ぶ」を意味します。


よって、この fer という語幹に「(時間・場所・順序などが)前に」を表す接頭辞 pre- が付いた prefer という動詞は、「前に運ぶ」という原義から「選ぶ、優先する」の意味が出ました。


一般的に「好む」の like とは異なり、prefer が「(何々と比べて)好む」の意で用いられる由です。


そして

I prefer margarine to butter.(私はバターよりもマーガリンのほうが好きだ)

のように「何々と比べて」という比較の対象は“to[何々]”で示します。


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「何々と比べて」という比較の対象を“to[何々]”で示す例には他に次のような語があります。

similar
equal
preferable
superior
inferior
senior
junior
prior


この中でも最初の3つを除く -ior で終わる語は

ラテン語から英語に採り入れられた比較級、
いわゆるラテン系比較級(Latin comparative)です。

さて、ここでひとつ疑問があります。

なぜラテン系比較級は実際の比較に用いられる場合、比較の対象を to で示すのでしょうか?

というのも、ラテン語では比較級の後には英語の than に当たる quam を用いるからです。

vita hominis gravior est quam orbis.(人間の生命は地球より重い)

あるいは単に名詞の奪格(ablative case)で比較されることもあります。

vita hominis gravior orbe est.

では、ラテン語の奪格を英訳する際に前置詞の to が選択され、それが定着したのでしょうか?

ちなみに、『研究社英語学辞典』(研究社、1940年、pp.2-3)によると、ラテン語の奪格は

手段・方法・起源・作因・時・所などをも表はし、from, out of; at, in; with, by; than などの前置詞句によって書改め得る場合が多い。それ故 from-at-with case ともいはれる

とされます。(下線は現筆者による。)

そこで、ラテン語の奪格を英訳する際に前置詞の to が選択され、それが定着したのだとしたら、

than ではなく to が選択された理由は?

選択、普及、定着はどのような人物が、いつ頃、どのような事情、経緯で?

それとも、similar, equal, preferable;prefer などの語法と何らかの関係があるのか?

いくつかの疑問が浮かんでくる。


う〜ん、気になります^^ ;


この件につきまして、博雅の士のご教示をお待ち申し上げております。


(追記1)

本記事の執筆にあたり以下の文献を参照しました。

『スタンダード英語語源辞典』(大修館書店、1994年、p.395)
市河三喜『ラテン・ギリシャ語初歩 英學生の爲』(研究社、1972年、pp.29-31)

(追記2)

泉井久之助『ラテン広文典』(白水社、1952年、p.180)では「比較の奪格」の項において

奪格にはそれ自身《……より》、《から》として、日本語の《より》と同じように距離の意味があって、これが比較の相手を示すことにもなっている

と述べられています。


posted by 石崎 陽一 at 20:13 | Comment(3) | 文法・語法ノート | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
石崎先生.初めてコメントを差し上げます.http://c-faculty.chuo-u.ac.jp/~rhotta/course/2009a/hellog/ で「hellog〜英語史ブログ」なるもの運営している者です.いつも教育の立場からも研究の立場からも興味深い英語の諸問題を取り上げられており,内容についても視点についても勉強になります.6月30日にお書きの「比較の対象を表す to に対する疑問」(とその続編)を拝読し,私自身も関心をもちまして,少し調べたことを自ブログに載せましたので,参考までにと連絡差し上げた次第です.今後も数々の奥深い英語の疑問を期待しております.(先日「なぜ序数詞で分数か」の問いも盲点でした.示されていた参考文献に当たってみまして,感心しました.勉強になりますね〜!)
Posted by 堀田隆一 at 2012年07月20日 08:41


堀田隆一先生。拙ブログへのご訪問、そしてコメントをありがとうございます。私自身は18世紀の英文法史が専門ですが、英語史は学部時代から関心の一つであり続けています。紀伊半島くらいの広さの地域で話されていた一部族の方言が世界語になる物語にロマンを感じる者です。先生のご著書も拝読させていただいておりました。このたびは直接交流をさせていただくことができ、光栄に存じます。ブログをやっててよかった! 先生の記事を拝見し、アプローチの仕方からして勉強になりました。内容もしっかり噛み砕こうと思います。今後ともお付き合いさせていただけましたら、幸いです。何卒よろしくお願い申し上げますm(_ _)m
Posted by 石崎 陽一 at 2012年07月25日 18:01
 石崎先生,コメントへの反応をありがとうございます.「アーリーバードの収穫」では,英文解釈に関わる文法の機微から,英語の歴史的な背景知識まで,幅広く関心をひく話題が提供されており,英語学習者にとって参考になることはもとより,英語研究に携わる私のような者にとっても問題を考える契機となっています.生徒さんはさぞかし楽しく先生の英語の授業を受けているでしょうね!
 私のほうこそ「本当に,ブログをやっていてよかった」です.今後も,興味深い話題に「引っかかってゆく」かもしれませんが,よろしくお願いいたします.どうぞお付き合させてください.
Posted by 堀田隆一 at 2012年07月29日 13:50
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