2011年12月08日

粘り抜こう!


写真2.JPG


そろそろ受験生はこれまでに受けた模試の返却が完了する頃です。

毎年、この時期になると

「やらなければいけないことが多すぎて、何から手をつけたらよいかわかりません」

といって、泣きべそをかきながら相談にくる人がいます。

「これだけやったのに成績が上向かない」
「もう間に合わないかもしれない」
「そもそも私には無理だったのかもしれない」…

「甘ったれるな」と言いたいところですが、その気持ちはよくわかります。

そう、私自身、学生時代、いやいや社会人になってからも

「大きな山」を目の当たりにして、逃げ出してしまいたくなったことがいくつもあるからです。

いまだに夢の中でうなされることがあります。


多くの人は、「大きな山」が目の前に立ちはだかっていることに気がつくと、そこでうろたえてしまいます。

実際、私もそうでした。

ですが、よく考えてみますと、どんなに大きな山(大きな問題)が目の前にあり、進路を妨害していても、その山を何とかしない限りどうにもならないのです。

このようなときに、山そのものを一気に動かしてしまおうとして「もがく」人がたくさんいます。

しかし、そのとき、その人は一体何を見ているのでしょうか。


以前教室で読んだ長文に、楽観主義者と悲観主義者のことを扱った文章がありました。

その文章の筆者によると、

The pessimist sees the difficulty in every opportunity and the optimist sees the opportunity in every difficulty.(悲観主義者はいかなるチャンスにも問題点を見出すが、楽観主義者はどんな困難にもチャンスを見出す)

とのこと、

An optimist responds to disappointments by making a plan of action.(楽観主義者は落胆するようなことがあっても、さらに前向きな行動を計画することによって対処する)

と続いていました。


さて。

もしかして、大きな山を目の当たりにし、山の斜面の岩が突き出た、いかにも堅そうな部分だけを見て、

「絶対にこの山は崩せない」

とつぶやいているのであれば、

もしそうなのであれば、

そうつぶやく前に、

そして堅そうな岩を見てため息をつき涙をためる前に、

optimistとして、

スコップを探し、少しでも柔らかそうなところから崩した方が、
はるかに建設的ではないですか。

その人にそう伝えたいのです。


え? そんなのは「理想」であり「単なる慰め」であり「精神論にすぎない」?

いや、私は「痛いのはわかるけど、なぜあと一回壁にぶつかっていかないのか」と問いたいのです。

壁にぶち当たったときに、1回くらいならまた立ち上がって、助走をつけて、その壁を打ち破ろうとするでしょう。

しかし、2回目で失敗してちょっと痛手を負うと、もう上を見ずに、

ぶち当たったその勢いで跳ね返され、地面に叩きつけられ、そのまま地面に顔をくっつけて泣いているだけの人が多い。

3回で駄目なら4回やってみればいいではないですか。


私は受験生のとき、すでに大学生活を住み込みの新聞配達をしながら過ごすことが決まっていましたから、

妥協をしたら絶対にそんな生活は続かないという気持ちがありました。

私には憧れの先生ができ、その先生のいらっしゃる、憧れの志望校ができた。

当時、家庭的、経済的にはその学校で学ぶことは難しかったけれど、新聞奨学生という道があることを知った。

あとは学力面で、できる限りのことをやるのみだ。

間に合わなかったらそれはそれで、仮に失敗しても仕方がないと、半ば開き直っていました。

開き直っても、駄目なときは駄目。

ただ、ただ、憧れと、意地と、根性でやり続けた。


時間がない。成績が伸びない。

そんなことは理由になりません。

友だちや周りの人たちが順調に進んでいるように見えて、そのことがかえって焦りを招き、パニック状態に陥ってしまう。

その気持ちはわかります。

ただ、闘う相手を間違えないこと。

「私は間に合うのだろうか」「その大学に入れるのだろうか」

ではなく、

「これまで自分の培ってきた力を、蓄えてきた力を出し切れば、すべてが終わる。それで駄目ならその大学はよほど見る目がないんだ」

それくらいの発想で、いいではないですか!

もし、今、辛くて仕方がないのであれば、

もし壁にぶつかり、跳ね返され、打ちのめされ、地面に叩きつけられたと感じているのであれば、

最後の1回のつもりで、もう一度、両手で上半身を起こし、立ち上がり、必死のトライをしてごらんって。

憧れが、夢が、あるんだから。


つらいことがあります。目の前が真っ暗なことがあります。

だけど、そんなとき「自分には無理だ」などと全力を尽くす前に言ってしまうことだけは避けてほしい。

君の本当の力は、いつ、どこで、どのように出てくるかは、きっと君自身にもわからないのだから。


…こんな話をつい先日もさせていただく機会がありましたが、
ひとしきり涙を流したあと、晴れ晴れした顔で戻っていった。

恐らく、もう大丈夫でしょう(^-^)


暦は年の瀬。3年生はいよいよ追い込み。

最後まで受験生と一緒に走り抜きたいものです。

それでは、また。


(追記)

We Shall Overcome という歌の、

Oh, deep in my heart, I do believe,
we shall overcome some day!


という一節が私は好きです。





posted by 石崎 陽一 at 05:01 | Comment(4) | 受験生の皆さんへ | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おはようございます。
本校では本日より高3の冬期講習が始まります。

同じようにただただ焦る者、
第一志望のランクを下げようとする者、
さまざまな様子が見られます。

先生が書かれた今日の内容、
私も生徒に伝えようと思います。

そして。
私が大好きなディズニーのショーで
歌われていた曲の歌詞に

"Any dream is possible."

「大切なのは信じること」

というのがあります。

これを忘れないで
毎日を一生懸命過ごしていれば、
本当に夢はかなうと信じて
生徒たちと向き合ってきたし、
これからもそうするつもりでいます。

コメント長くなってすみません。
Posted by kapoon at 2011年12月08日 08:53
kapoonさま。お忙しいなかコメント深謝です。また長い記事をお読みいただきありがとうございます。

自分の力を100%発揮できるようにメンタル面を調整していくことがこれから直前期にかけての課題ですよね。この時期、相談者の性格や状況に応じてその方法を助言することが多いです。

私は不安から逃れることができませんでした。逃れようとはしましたがどうすることもできませんでした。けれど、今はその方法を知っています。それは、不安と真っ向から向き合えばいいということです。だから今は不安があっても自分を信じてやれます。決してあきらめません。

昨年、ある生徒がこうした趣旨のメールを送ってくれました。この生徒は上智には見事に振られてしまいました。試験日が早かったので相当ショックだったと思います。しかし、彼女はその現実に真っ向から立ち向かうことを本当に知っていました。国立の後期まで粘り抜き、合格を勝ち取ることができたのです。

Any dream is possible.

いい言葉をいただきました。こうした信念を強くもち、実行し、継続する人。

こういう人が最後に勝つのだと、私は確信をもって言えます。また呑みながらお話しさせてください(^-^)
Posted by 石崎 陽一 at 2011年12月08日 21:57
楽天主義の話はチャーチルでしたっけ。

同じチャーチルの言葉で
"Success consists of going from failure to failure without loss of enthusiasm."

はまさに先生の仰る
「3回で駄目なら4回やってみればいいではないですか」
ですね。

今私は2年担当なので、来年のこの時期を見据えてメンタルのコントロールをしていかなければ。
そういった話を先生方とできるといいですね。
Posted by matsuzaki at 2011年12月09日 11:13
matsuzakiさま。いつもありがとうございます。何事でも、成功者とは諦めなかった人なのでしょうね。お会いするのを楽しみにしております。
Posted by 石崎 陽一 at 2011年12月10日 11:23
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